小磯典子

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小磯典子
Noriko Koiso
ストレッチ  No.3
Koiso noriko 20121104.jpg
名前
本名 小磯典子
ラテン文字 Noriko Koiso
日本語 小磯典子
基本情報
日本の旗 日本
誕生日 1974年1月15日(41歳)
出身地 長崎県
身長 183cm
体重 80kg
選手情報
ポジション C
背番号 3
経歴
1992-2004
2005-2010
ジャパンエナジー
アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス

小磯 典子(こいそ のりこ、1974年1月15日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手である。身長183cm。ポジションはセンター。旧姓:濱口(はまぐち)。

来歴[編集]

鶴鳴女子高校にて全国大会で活躍し、卒業後、ジャパンエナジーに入社。JOMOでは川崎真由美ともにツインタワーとして活躍し、黄金時代に貢献した。

1996年にはアトランタオリンピックに出場し日本の7位入賞に貢献。この頃から全日本のセンターに定着。3度の世界選手権も経験しているほか、バンコクアジア大会では金メダルを獲得している。

2004年アテネオリンピックを最後に一度は現役を引退したが、翌2005年金平鈺元ヘッドコーチがアイシン・エィ・ダブリュ ウィングスのヘッドコーチに就任すると、移籍して選手兼コーチとして現役復帰。古武術研究家の甲野善紀に師事し2006年にはWリーグ昇格に導いた。

2007年に結婚。旧姓・濱口典子としてバスケットボールを続けていたが、2008年に後述の代表復帰をきっかけに登録名を現姓に改めた。

2007-08シーズンは再び選手に専念する。

2008年の北京オリンピック世界最終予選で代表復帰するが、チームは敗退し五輪3大会出場はならなかった。

2010年2月を以って2度目の引退しアイシンAWも退社。

現在は母校である長崎女子高校の職員の傍ら、長崎県のクラブチーム、ストレッチに所属。

2014年、地元で開催された第69回国民体育大会にて選手宣誓[1]

経歴[編集]

  • 鶴鳴女子高校 - JOMO(1992年〜2004年) - 引退 - アイシン・エイ・ダブリュ(2005年〜2010年)

日本代表歴[編集]

アイシンAW時代
  • 1994年世界選手権
  • 1994年アジア大会
  • 1996年アトランタオリンピック
  • 1998年世界選手権
  • 1998年アジア大会
  • 2002年世界選手権
  • 2002年アジア大会
  • 2004年アテネオリンピック
  • 2008年北京オリンピック世界最終予選

脚注[編集]

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関連項目[編集]