小田急相模原駅

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小田急相模原駅*
北口(2006年6月)(周辺は再開発工事中)
北口(2006年6月)
(周辺は再開発工事中)
おだきゅうさがみはら
- Odakyu Sagamihara -
OH 28 相模大野 (2.4km)
(2.2km) OH 30 相武台前
所在地 神奈川県相模原市南区南台三丁目20-1
駅番号 OH 29
所属事業者 小田急電鉄
所属路線 小田原線
キロ程 34.7km(新宿起点)
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
55,530人/日
-2012年-
開業年月日 1938年昭和13年)3月1日
備考 * 1941年に相模原駅から改称。
南口(2006年6月)
小田急相模原駅構内、新宿方面向き

小田急相模原駅(おだきゅうさがみはらえき)は、神奈川県相模原市南区南台三丁目にある、小田急電鉄小田原線である。地元や利用者からは「オダサガ」と略される。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。橋上駅舎を有し、ホーム階へはエレベータエスカレータを設備している。

各ホームではエレベーター設置工事が進められ、2007年平成19年)2月24日に上り、下りホーム、南口のエレベーターが使用開始となった。同年7月14日に仮北口通路が閉鎖され、新北口通路が開通した。

小田急相模原駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 小田原線 下り 小田原箱根湯本方面
2 小田原線 上り 相模大野新宿千代田線方面

駅設備[編集]

利用状況[編集]

2013年度の1日平均乗降人員56,767人である[2]

近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下表のとおりである。

年度 1日平均
乗降人員
1日平均
乗車人員
1975年(昭和50年) 48,952 24,141
1980年(昭和55年) 50,881 25,695
1985年(昭和60年) 54,001 27,156
1989年(平成元年) 61,564
1990年(平成02年) 31,449
1993年(平成05年) 63,542
1995年(平成07年) 30,327
1998年(平成10年) 57,429 29,351[3]
1999年(平成11年) 28,860[4]
2000年(平成12年) 28,555[4]
2001年(平成13年) 28,543[5]
2002年(平成14年) 28,402[5]
2003年(平成15年) 55,944 28,390[6]
2004年(平成16年) 55,388 28,002[6]
2005年(平成17年) 54,477 27,585[7]
2006年(平成18年) 54,111 27,419[7]
2007年(平成19年) 54,473 27,595[8]
2008年(平成20年) 55,754 36,401[8]
2009年(平成21年) 55,392 27,939[9]
2010年(平成22年) 55,034 27,719[9]
2011年(平成23年) 54,366 27,385[10]
2012年(平成24年) 55,530
2013年(平成25年) 56,767

駅周辺[編集]

駅西方に踏切があり、その先は座間市である。駅北側には県道町田厚木線(行幸道路)が通り、国立病院機構相模原病院方面に向かい商店街が形成されている。以前は北口にも大型商業店舗があったが撤退した。南口付近は松が枝町付近に商店が広がる。1960年代より鶴が丘団地等の開発が始まり1970年代にはピークを迎え、相模原・座間両市域に広範囲な住宅地が形成され現在に至る。また駅北口の再開発も行われており、2005年(平成17年)3月24日には北口の駅前ロータリーが閉鎖され、東側に仮設の駅前広場とロータリーが移転している。

北口旧広場には地下4階地上20階(1 - 3階商業施設、4階は相模原市の文化施設、5階以上は住居)の再開発ビル「ラクアル・オダサガ」が建設され、2007年(平成19年)12月2日に開業した。

続いて行幸道路の北側に、商業施設と居住施設を備えた、地下1階地上29階(1-2階が商業モール、3階は医療モール、4階以上は住居)の再開発ビル「ペアナードオダサガ」が建設され、2013年(平成25年)10月10日に開業した。小田急相模原駅やラクアル・オダサガとは2階部分で県道横断デッキにより接続されており、歩行者は県道町田厚木線(行幸道路)を横断することなく両施設を行き来できるようになった。

北口[編集]

ラクアル・オダサガ(2007年12月)

南口[編集]

バス路線[編集]

神奈川中央交通により以下の路線が運行されている。

小田急相模原駅

歴史[編集]

  • 1938年昭和13年)3月1日 - 相模原駅として開業。「直通」と急行の停車駅となる。なお、各駅停車は新宿駅 - 稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)のみで運行されていた。
  • 1941年(昭和16年)4月5日 - 横浜線相模原駅の開業に伴い、小田急相模原駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)11月 - 戦況の悪化に伴い急行の運行が中止される。
  • 1945年(昭和20年)6月 - 「直通」が廃止され各駅停車が全線で運行されることとなり、その停車駅となる。
  • 1946年(昭和21年)10月1日 - 準急が設定され、停車駅となる。
  • 1960年(昭和35年)3月25日 - 通勤準急が設定され、停車駅となる。
  • 2004年平成16年)12月11日 - 区間準急が設定され、停車駅となる。
  • 2006年(平成18年)2月16日 - ロマンスカー7000形LSEが当駅を通過中、ホームから男性が飛び込み自殺をはかり、展望席のフロントガラスが大破。乗客9名負傷。17日から23日まで全ロマンスカーの展望席使用停止に[11]
  • 2012年(平成24年)7月17日 - 行先案内表示器が新設され、使用開始。

駅名の由来[編集]

駅所在地が「相模原」であったことから、「相模原」として開業。その後、現在の東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜線に「相模原駅」が開業したことから、「小田急相模原」に改称された。利用者などからは「オダサガ」とよばれている。1974年昭和49年)に多摩線小田急永山駅が開業するまで、「小田急」を冠する唯一の駅であった。

本駅とJRの相模原駅は、旧相模原市域の中央部と南の端に位置し、直線距離でも約9km離れている。また、多摩線の延長計画に記されている相模原駅も本駅でなくJR相模原駅である。

急行の停車要望[編集]

神奈川県鉄道輸送力増強促進会議は、2006年度小田急電鉄向け要望書にて、当駅にラッシュ時間帯の急行停車を要望している。これに対し、小田急電鉄は「急行の速達性を損なう」ということから、停車の計画はないとしている(急行を停車させると、3駅連続停車になってしまう)。これは、東林間駅とほぼ同じ理由である[12]

隣の駅[編集]

小田急電鉄
小田原線
快速急行・急行
通過
準急・区間準急・各駅停車
相模大野駅 (OH 28) - (相模大野分岐点) - 小田急相模原駅 (OH 29) - 相武台前駅 (OH 30)

脚注[編集]

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  1. ^ 2012年度の鉄道事業設備投資計画 (2)駅施設改良、サービスの向上 ②行先表示装置の新設 (PDF) - 小田急電鉄(2012年4月27日閲覧)
  2. ^ 小田急電鉄 1日平均乗降人員
  3. ^ 神奈川県県勢要覧(平成12年度)223ページ
  4. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成13年度)225ページ
  5. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成15年度)223ページ
  6. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成17年度)225ページ
  7. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成19年度)227ページ
  8. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成21年度)241ページ
  9. ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成23年度)239ページ
  10. ^ 神奈川県県勢要覧(平成24年度)235ページ
  11. ^ “小田急ロマンスカーの展望席発売を中止”. 日刊スポーツ. (2006年2月17日). オリジナル2006年2月20日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20060220165354/http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060217-0025.html 2014年4月17日閲覧。 
  12. ^ 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議. “平成25年度の要望及び鉄道事業者の回答 小田急電鉄 (PDF)”. p. 6. 2014年4月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]