小田急ダイヤ改正
小田急ダイヤ改正(おだきゅうダイヤかいせい)では、小田急電鉄と、系列会社である箱根登山鉄道の鉄道線において過去に実施されたダイヤ改正、および今後実施される予定のダイヤ改正について述べる。
目次 |
[編集] ダイヤ改正の変遷
[編集] 開業から終戦まで
1927年4月1日、新宿駅~小田原駅間が一部単線で開業し、37駅が開設された。 開業時、列車種別は各駅停車と直通の2種類が設定された。各駅停車は近郊区間に当たる新宿駅~稲田登戸駅のみの運行であったのに対し、直通は、新宿駅~稲田登戸駅間では経堂駅にのみ停車をし、稲田登戸駅~小田原駅間を各駅に停車した。開業当時は直通が45分間隔、各駅停車は経堂駅までが5分間隔で、稲田登戸駅までは10分間隔となっていたが、実際にはそれだけの需要はなく、同年6月には直通が60分間隔、稲田登戸駅までは8分から15分間隔に減便されている。
1927年10月15日、新宿駅~小田原駅間の全線複線化が完成したことから、新たに急行が設定された。運行開始当初の急行は、新宿駅、経堂駅、新原町田駅、相模厚木駅、伊勢原駅、大秦野駅、新松田駅、小田原駅に停車をした。当初は急行・直通とも60分間隔で、両者あわせて30分間隔であったが、これもそこまでの需要がなく、翌年3月には急行は1日3往復に減便されている。
1929年4月1日、大野信号所(現在の相模大野駅)~片瀬江ノ島駅間が開業し、稲田登戸駅以西各駅停車の直通のみの運行が行われた。江ノ島線は直通が60分間隔での運行で、このほかに不定期急行が1日3往復設定された。
1935年6月1日、「週末温泉列車」と称す、新宿駅と小田原駅を無停車で運行する特急の運行が開始され、箱根方面への観光客輸送にも力を入れるようになるが、戦争の影響により1942年1月、運行を取りやめている。
戦争の影響は、特急のみならず、1944年11月の改正では、急行も廃止され、各駅停車と直通のみの運行となり、1945年6月には、直通も廃止され、全線各駅停車のみの運行となり、終戦を迎えた。
なお、戦時中の1941年11月25日~1943年4月1日には神中鉄道(現在の相模鉄道)の海老名駅~本厚木駅間の直通運転が行われた。
[編集] 終戦から1960年まで
終戦後もしばらくは、全線各駅停車のみの運行だったが、1946年2月、1943年に中止された相模鉄道の海老名駅~本厚木駅間の直通運転が再開され、1946年10月1日には新たに準急が設定された。運行開始当初の準急は、新宿駅、下北沢駅、経堂駅、成城学園前駅、稲田多摩川駅以西各駅に停車した。 また、1948年9月には準急のうち豪徳寺駅~新原町田駅間各駅停車の通称「桜準急」が運行されるなど、優等列車が順次設定された。
そして、1948年10月16日には、新宿駅~小田原駅間無停車の特急が土休日限定ながら復活し、1949年10月1日には、特急の毎日運行と急行が復活し、戦災からの復興を果たした。
1950年8月1日には、箱根登山鉄道小田原駅~箱根湯本駅間への小田急電車の乗り入れが開始されたほか、1955年10月1日には新松田駅構内の連絡線を経由して日本国有鉄道御殿場線へ乗り入れる列車が設定された。この列車は、小田急線内では特急扱いであるが、国鉄線内では準急扱いとなったため、特別準急という種別となった。
また、優等列車の停車駅にも変化が見られ、1949年10月の急行復活時、急行の停車駅は、新宿駅、下北沢駅、稲田多摩川駅、新原町田駅、本厚木駅、伊勢原駅、鶴巻駅、秦野駅~新松田駅の各駅、小田原駅であったが、1951年4月1日には急行の相模大野駅停車開始と準急の成城学園前駅以西の各駅、1955年3月25日には通勤急行の運転も開始され、小田原線内では急行通過の稲田多摩川駅への停車と急行の走らない江ノ島線でも運転が行われた。なお、江ノ島線では、1959年4月から急行の運転が開始された。
[編集] 1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始
1960年3月25日改正と同時に百合ヶ丘駅が小田原線西生田駅(現・読売ランド前駅)~柿生駅間に開業した。この頃からラッシュ時の混雑が激しくなっていたため、1960年11月の改正では、朝ラッシュ時の各駅停車に2400形などの加減速性能の高い車両を集中的に運用することで高速化を図り、従来の準急停車駅のうち和泉多摩川駅~喜多見駅間を通過する通勤準急の運行を開始することで、近郊区間の優等列車本数を倍増させる方策に出た。なお、同年から急行の一部列車に限り、相武台前駅への停車を開始している。
1963年11月には、新宿駅の改良工事が一部を残して完成し、新宿駅の発着線が5線になったのを機に増発を実施している。この時に東北沢駅での朝ラッシュ時優等列車待避は行われなくなり、ピーク時1時間に30本の列車が運行される輸送力重視の平行ダイヤとなった。
1964年11月5日改正では、急行の8両編成化が実施され、日中の急行のほとんどが相模大野駅で分割・併合を行なうようになった。各駅停車には収容力を増大した新型電車として2600形が投入されている。通勤準急は準急に統合され、喜多見駅~和泉多摩川駅間は通過となった。日中には当時の急行停車駅に経堂・成城学園前・登戸を追加した快速準急の運行が開始された。この改正と同時に、江ノ島線急行の本鵠沼駅および鵠沼海岸駅の停車が開始されている。また、相模鉄道からの海老名駅~本厚木駅間直通運転は廃止となった。
1966年6月1日改正からは特急「さがみ号」が向ヶ丘遊園駅と新松田駅にも停車するようになった。
1966年11月7日改正と同時に湘南台駅が江ノ島線長後駅~六会駅(現・六会日大前駅)間に開業した。急行の運転時間拡大による増発が図られ、江ノ島線直通急行は毎時2本運転となった。また、朝ラッシュ時の準急の8両編成化が実施された。なお、この年には2600形6両編成に2200形2両を連結した8両編成の試運転が行なわれているが、実施は見送られている。
1967年11月改正ではさらに通勤時間帯の増発が行われ、朝ラッシュ時の急行・準急・各駅停車の本数が1:1:1となった。この時、各駅停車は優等列車を経堂駅で2本まとめて待避するようになった。
1968年7月1日からは、御殿場線の電化により直通列車についても電車化され、愛称も「あさぎり」に統一されることになった。これにともない、キハ5000形・5100形に代えて3000形SE車を5両編成に短縮改造した車両が登場した。同年10月には国鉄で準急という種別が廃止され、全て急行へ格上げされたのに伴い、小田急線内での種別は連絡急行となった。
1969年11月改正では、急行の大型8両編成化が実施された。登場したばかりの5000形を2編成連結した以外に、4000形6両編成に1800形2両を連結した編成でも運行された。
[編集] 1970年代 - 通勤輸送の増強に追われる時期
1971年4月19日改正では急行が成城学園前駅に停車を開始したことにより、通勤急行が廃止されるとともに、朝ラッシュ時の各駅停車の優等列車待避駅が変更され、成城学園前駅・経堂駅で1本ずつ待避することになった。同年10月のダイヤ改正では、それまで新宿から松田までノンストップだった連絡急行「あさぎり」の町田停車が開始された。これは、気動車時代と比較して3倍に増加した定員に対して利用者数が追いつかない状況となったため、乗車率の改善と同時に沿線利用者の利便を図ったものである[1]。
1972年3月14日改正では、朝ラッシュ時に限り準急が経堂駅を通過するように、夕ラッシュ時に限り急行が海老名駅に停車するようになった。快速準急は廃止され、準急に統合された。それまでは朝ラッシュ時には1時間に30本まで増発されていたが、編成両数の増加により1時間に29本に減少し、増発の余裕がなくなっている。これ以後の朝ラッシュ時の輸送力増強は編成両数の増加が主となる。なお、1964年に地上3線(8両編成対応)・地下2線(6両編成対応)への改良工事が終了した新宿駅であったが、輸送力の増加に対応できず、さらに10両編成対応にする必要に迫られたため、1972年から再度大改良工事が開始され、地上3線のみでの運用を強いられることになった。
1972年12月18日改正では、急行は終日海老名駅に停車するようになったほか、愛甲石田駅、大根駅(現・東海大学前駅)についても急行停車駅に追加された。また、江ノ島線各駅停車の大型車6両編成による運行が開始された。
1974年6月1日改正では多摩線が開通し、新百合ヶ丘駅、五月台駅、栗平駅、黒川駅、小田急永山駅の各駅が開業した。新設された新百合ヶ丘駅は急行停車駅となった。また、帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)千代田線の霞ケ関駅~代々木公園駅間開業に伴い、代々木公園駅と乗換え可能であった代々木八幡駅に、朝ラッシュ時の準急の停車が開始された。
1977年7月1日改正では、新宿駅~本厚木駅間において急行の10両編成運転が開始された。
[編集] 1978年 - 千代田線直通運転開始
1978年3月31日に実施されたダイヤ改正でのポイントは、営団千代田線との直通運転開始である。同時に、それまで各駅停車のみ停車していた代々木上原駅に、急行と準急が停車することになった。本改正により、1974年6月1日より行なわれていた、平日朝の準急の代々木八幡駅停車は解消された。なお、ダイヤ構成の関係から、千代田線直通準急のうち朝の1本目に限り、生田駅~百合ヶ丘駅間を通過することになり、部内では「スキップ準急」と呼ばれていた。この時から、準急についても10両編成化されている。
その後、1979年3月26日・同年7月16日・1980年7月14日と3次にわたってダイヤ改正が実施され、車両大型化・増発などが行われている。
[編集] 1980年代
[編集] 1981年 - 新宿駅地下ホーム使用開始
1981年7月13日に実施された改正では、新宿駅の改良工事進捗により、同駅の地下ホームを供用開始した。
- 1972年から施工されていた新宿駅の大改良工事の期間中、新宿駅では地上3線のみが使用可能で、特急が1番線(1番・2番ホーム)、急行と準急が2番線(4番ホーム)と3番線(5番・6番ホーム)、各駅停車は1番線(2番ホーム)と2番線(3番ホーム)を使用していたことが、ダイヤ作成のネックとなっていた。本改正では、地下の4番線(7番・8番ホーム)・5番線(9番・10番ホーム)が使用開始になったことで、各駅停車は全列車が地下ホームからの発着となったほか、新宿駅に到着後回送となる列車についても地下ホームに到着させることが可能になったため、ダイヤ作成の上で余裕が生まれることとなった。
- しかしながら、地上ホームの改修は終了していなかったため、1番線は同年7月13日から同年10月9日まで、2番線は同年10月10日から1982年1月11日まで、3番線は1982年1月12日から3月31日まで工事のため閉鎖を余儀なくされていた。
- 本改正の前日7月12日限りで、1800形は運用終了となった。
[編集] 1982年 - 箱根登山線直通車両の大型化
1982年7月12日に行なわれたダイヤ改正で特筆されるのは、箱根登山線の改良工事完了にともなう直通列車の大型化である。
- それまで箱根登山線直通列車は中型車4両編成が限界であり、必然的に新宿からの直通急行も中型4両編成に制限されていた。相模大野駅以東は10両編成であっても、相模大野以西では急行であるにもかかわらず非冷房の中型4両編成となるため、輸送力確保・旅客サービスの点でネックとなっていた。本改正ではこれを大型6両編成に変更することで、輸送力・乗客サービスの向上を図った。本改正以後、箱根登山線への直通列車は大型6両編成が基本となった。その他、新宿駅の改良工事が完了したことによりホーム容量に余裕が生まれたため、増発も実施された。なお、本改正からは江ノ島線の夏季特別ダイヤの設定はなく、通常のダイヤへ不定期列車を設定することで対応することになった。
1983年3月23日改正では、新型通勤電車である8000形の導入にともなう、主に輸送力増強のダイヤ改正となった。また、それまで他形式との併結運用がなかった2600形にも併結運用が設定され、車両運用の弾力化が図られた。一方で、それまで急行は新松田駅~小田原駅間を通過しており、これに接続する各駅停車を設定していたが、本改正では小田原駅で折り返しとなる急行の一部を栢山駅・富水駅・蛍田駅・足柄駅にも停車させることになった。
1984年3月26日改正は、同年4月9日の東急田園都市線中央林間駅延長開業による乗客増を見込んだもので、江ノ島線の輸送力増強に主眼を置いたものであった。なお、ダイヤ改正に先立つ1月31日限りで定期貨物列車の運行が終了、3月20日限りで小荷物・手荷物輸送も廃止された。そして改正後間もない3月31日限りで社用品などを輸送するための配送列車の運行も終了となった。
1985年3月14日改正での列車の増発などは小規模であったが、本改正と同時に、全種別・全列車の列車番号付番法則が、将来の運行管理システム導入に対応して変更されている。また、本改正と同時に小田原線新松田駅~栢山駅に開成駅が開業した。
1986年3月24日改正では、主に江ノ島線や小田原線相模大野駅~本厚木駅間における朝ラッシュ時における増発が中心となった。本改正から、4000形冷房改造車が運用開始となった。
1987年3月23日改正は、小田原線相模大野以西の増発や、ラッシュ時のピーク前後の輸送力増強が主な内容となった。なお、急行の相武台前駅停車は、本改正で休日の停車がなくなり、平日のみとなった。
[編集] 1988年 - 各駅停車の8両編成化
1988年3月22日のダイヤ改正では、新型通勤電車である1000形の営業運転開始と、それに伴う近郊区間(新宿駅 - 向ヶ丘遊園駅間)各駅停車の8両編成化が大きく宣伝された。また、多摩線についても車両の大型化と増発が行なわれた。
1989年3月27日改正は、夕方・夜間の急行増発と準急・各駅停車の8両編成列車の増加が主な内容となった。また、1000形の千代田線直通運用が開始された。また、本改正から本厚木駅に「あしがら号」上り1本が停車することになった。なお、本改正に先立つ1989年1月19日限りで、小田急から非冷房の中型通勤車両は全廃となり、モノレール線を除いてすべての車両が大型冷房車となった。
[編集] 1990年代 - 特急ロマンスカーの新展開
1990年3月27日改正でのポイントは、多摩線の延伸による唐木田駅開業である。各駅停車は8両編成で運転される列車がさらに増強された。また、中央林間駅に急行が停車するようになった。本改正で、朝方の上り1本のみ設定されていた生田駅~百合ヶ丘駅間通過の準急(スキップ準急)は廃止となり、9000形の千代田線直通運用も終了した。
[編集] 1991年 - 「あさぎり号」相互直通運転開始
1991年3月16日に行なわれたダイヤ改正でもっとも大きく宣伝されたのは、東海旅客鉄道(JR東海)御殿場線直通列車「あさぎり号」の特急化と乗り入れ区間の延長、それに伴う20000形「RSE」就役である。
- 1955年から運行されている御殿場線直通列車は、これまで小田急の車両が御殿場駅まで乗り入れる「片乗り入れ」となっていた。本改正では、JR東海も371系を乗り入れのために新造し、相互乗り入れに変更されることになった。また、同時に運行区間も沼津駅まで延長され、列車種別も連絡急行から特急に変更された。同時に「あさぎり号」の停車駅の見直しも行なわれ、裾野駅および沼津駅に停車開始する代わりに、全列車が山北駅および谷峨駅を、一部列車は駿河小山駅を通過することになった。
- なお、従来の平日ダイヤは月曜日から土曜日までとなっていたが、本改正からは平日ダイヤは月曜日から金曜日までとなり、それまでの休日ダイヤは土休日ダイヤに変更された。週休二日制の浸透に伴うもので、これに伴いそれまで平日ダイヤのみ設定されていた千代田線直通準急が、休日ダイヤにおいても設定されることになった。また、朝ラッシュピーク時の列車のうち、準急5本を急行に変更したため、1時間29本の内訳は急行15本・準急5本・各駅停車9本となった。
1992年3月28日改正では、平日日中と夜間の輸送力増強が中心となり、小田原・箱根湯本発着急行の一部で車両の連結・切り離しが相模大野駅から海老名駅に変更されている。また、朝ラッシュ時の輸送力増強策として、10両固定編成の投入で編成中間の運転台をなくして定員増に充てている。
1993年3月20日と1994年3月27日にもダイヤ改正が実施された。1993年のダイヤ改正では、新宿駅~相模大野駅間における急行列車の増発と、江ノ島線で運行される急行全列車の6両編成化が行なわれている。
1995年3月4日改正では、「あしがら号」の一部列車が本厚木駅にも停車するようになった。また、小田原線新宿駅~秦野駅間における10両編成による急行の運転が開始された。
1996年3月23日改正では、30000形「EXE」の就役と同時に特急の運行体系の変更が行なわれた。「はこね号」として運転していた列車のうちほとんどの列車が町田駅に停車することになったため、町田駅に停車しない列車を「スーパーはこね号」に改称した。また30000形「EXE」の就役によって「はこね号」「あしがら号」と「えのしま号」の併結運転が開始された。これと同時に、「えのしま号」が大和駅にも停車するようになった。
1997年6月23日改正では小田原線喜多見駅~和泉多摩川駅間の複々線化が完成したことに伴うダイヤ改正が実施され、特急「えのしま号」の増発が行われた。
1998年8月22日改正では、相模大野駅改良工事完成と、急行の全線10両編成化が行なわれた。この改正から特急ロマンスカー「はこね号」、「あしがら号」、「えのしま号」の相模大野駅および「あしがら号」の秦野駅停車を開始した。なお、本鵠沼駅および鵠沼海岸駅については、ホーム延伸が行なわれず、10両編成で運行される急行は両駅を通過することになった。同日より、江ノ島線六会駅は六会日大前駅に改称された。
[編集] 1999年 - ホームウェイ号・サポート号新設
1999年7月17日改正では、主に特急の運行体系・列車名が大幅に変更された。それまで「さがみ号」「あしがら号」として運行されていた列車は「サポート号」に一本化されたほか、18時以降に新宿駅を出発する特急については、すべて「ホームウェイ号」に変更された。また、町田駅、本厚木駅、秦野駅へ停車する特急の本数が増加した。
平日の一部急行に限り行われていた相武台前駅停車については、本改正で廃止となった。また、それまで多摩線と小田原線を直通する列車は朝方上りだけの設定であったが、本改正で新宿駅始発唐木田駅行の各駅停車が新設された。
[編集] 2000年代 - 複々線化の進展に伴う展開
[編集] 2000年 - 箱根登山線直通急行の増発など
2000年12月2日改正では、高架化の進展に伴い、経堂駅に停車する準急の設定を大幅に増加させた。経堂駅が高架化に伴い10両編成が停車可能になったことを受けたもので、朝ラッシュ時の上り準急のみ通過する。同時に、相模大野発着の営団千代田線直通準急の大幅な増発を行った。また、箱根登山線直通の急行の増発が図られ、日中の運行本数は毎時2本から4本に倍増した。これにともない、箱根登山線小田原駅 - 箱根湯本駅間では、箱根登山鉄道の車両は日中は走らなくなった。このほか、急行の停車駅に湘南台駅が追加されたほか、急行と特急「ホームウェイ号」においては多摩線直通列車が設定され、初めて多摩線に急行と特急が走るようになった。このうち、急行は初めて千代田線直通として平日の朝ラッシュ時に設定された。またこの改正より、千代田線車両(6000系・06系)が小田急線内で夜間留置となる運用(外泊運用)が登場した。 なお、この改正により本厚木駅 - 取手駅間を運転する準急の運用は廃止された[2]。
[編集] 2002年 - 湘南急行・多摩急行が登場
2002年3月23日のダイヤ改正では、江ノ島線に速達列車が設定された。
江ノ島線系統では、新宿駅 - 藤沢駅(一部列車は片瀬江ノ島駅)間において湘南急行の運転を開始した。これは2001年12月から運転を開始した東日本旅客鉄道(JR東日本)の「湘南新宿ライン」への対抗措置として位置づけられている。
また、千代田線直通列車については相模大野発着から多摩線発着に変更となり、新種別として多摩急行が設定された。多摩急行以外にも、朝ラッシュ時における唐木田駅発営団千代田線直通綾瀬駅行の急行の増便が行なわれた。
その他の改正内容は以下の通り。
- 特急ロマンスカー「サポート号」・「えのしま号」の一部列車の新百合ヶ丘駅停車開始。
- 特急ロマンスカー「ホームウェイ号」の本厚木駅行、片瀬江ノ島駅行および唐木田駅の増便(各1本)と秦野駅行2本を小田原駅行に変更。
- 小田原線を日中に走る大部分の急行は新宿駅 - 新松田駅間を10両編成で運転(相模大野駅・海老名駅での連結・切り離しの縮小)。
- 江ノ島線における準急の廃止。
2003年3月29日改正では、急行停車駅に栗平駅が追加されたほか、「ホームウェイ号」、湘南急行および多摩急行の増発、急行の10両編成での運転、各駅停車の8両編成での運転を増強した。
[編集] 2004年 - 快速急行・区間準急が登場
2004年12月11日に実施されたダイヤ改正で最大のトピックスは、小田原線梅ヶ丘駅 - 喜多見駅間の複々線化完成である。複々線化以前、各駅停車が優等列車を待避できる駅は経堂駅・成城学園前駅のみで、この区間で優等列車が追い越し可能な各駅停車の本数も2本が限界であった。1997年に一部区間が複々線化されてからもさほど変化はなかったが、本改正ではまとまった区間の複々線化が行なわれたことにより緩急分離運転を実現し、優等列車が各駅停車の運転に縛られることなくダイヤ設定を行うことが可能になった。これにより、特にラッシュ時の優等列車については大幅なスピードアップが図られた。
この複々線化を機に、小田原線下北沢駅 - 新百合ヶ丘駅間をノンストップで走行する快速急行の運転を開始した。新宿駅 - 小田原駅・藤沢駅(一往復のみ片瀬江ノ島駅)間での運転で、湘南急行は快速急行に発展的解消することになった。また、同時に増発も実施された結果、江ノ島線方面の速達列車が多くなったことから、「えのしま号」は減便されることになった。
特急ロマンスカーでは列車名の変更が行なわれ、従来の「はこね号」および「サポート号」を整理し、箱根登山鉄道直通特急を「はこね号」、小田原線内発着特急を「さがみ号」に統一した。「さがみ号」の愛称が復活したことにより、1999年から使用されてきた「サポート号」の愛称は消滅することになった。また、本改正では平日ラッシュ時上りに通勤利用者向けの「さがみ号」の運行が開始されたが、平日朝7時台に新宿に到着する特急は本改正で初めて設定されたもので、本厚木から新宿までノンストップの特急も1966年以来である。
この他、平日の日中(10時 - 17時30分)と土休日ダイヤにおいて、急行が経堂駅にも停車するようになった。また、新種別として区間準急の運行が開始された。停車駅は新宿駅・代々木上原駅・下北沢駅と梅ヶ丘駅以西の各駅で、東北沢駅での工事により同駅での優等列車待避が出来なくなったため、この区間に限って優等列車と同様の速達性を持たせる目的である。
その他の改正内容は以下の通り。
- 新宿駅 - 新松田駅・藤沢駅・片瀬江ノ島駅間における、10両編成で運転される急行の増強。
- 一部急行(6両編成で運行される急行)の本鵠沼駅および鵠沼海岸駅の停車開始。
- 複々線化工事に伴う各駅停車の東北沢駅での通過待ちの廃止。
- 唐木田駅発着、千代田線直通多摩急行の夜間における増発(平日10本、土休日6本)と朝ラッシュ時における唐木田駅発千代田線急行の増便(1本)。これに伴って千代田線車両(6000系・06系)の外泊運用が4運用に増え、小田急車両(1000形)が東京メトロの綾瀬車両基地で夜間留置となる運用も登場。
- 多摩線内発着急行の平日朝ラッシュ時における新設(上り2本・下り1本)。
- はるひ野駅の開業(多摩線 黒川駅 - 小田急永山駅間)。
また、本改正の前日12月10日をもって、初代4000形は運用終了となった。
2006年3月18日改正では、主に箱根登山線小田原駅~箱根湯本駅間におけるダイヤ改正が実施された。それ以外のダイヤについては軽微な変更にとどまっている。それまで日中の列車については全列車が小田急の車両での運行となっていたが、本改正後、同区間において朝夕に残っていた箱根登山鉄道の車両による旅客列車をすべて小田急の車両に置き換えた。本改正後、小田原駅 - 入生田駅間の三線軌条は順次撤去されている。その一方、箱根登山鉄道の車両出入庫のため、入生田駅 - 箱根湯本駅間の三線軌条はこれ以後も維持されている。
[編集] 2008年 - ロマンスカー地下鉄乗り入れ
土休日ダイヤ2008年3月15日、平日ダイヤ2008年3月17日改正。
本改正では、東京地下鉄(東京メトロ)千代田線直通の特急「メトロさがみ号」(本厚木駅 - 北千住駅間・1本)、「メトロはこね号」(北千住駅 - 箱根湯本駅間・土休日のみ2本)、「メトロホームウェイ号」(北千住駅、大手町駅 - 唐木田駅、本厚木駅間・平日3本、土休日1本)、「ベイリゾート号」(本厚木駅 - 東京地下鉄有楽町線新木場駅間・臨時列車)の運転開始と、それに伴う60000形「MSE」の営業運転開始が最大のトピックスである。当時、地下鉄直通の有料特急列車は日本では前例がなく、各種メディアでも大きく取り上げられた。
また東京メトロ千代田線直通特急の運転開始に伴い、新宿発「ホームウェイ号」の多摩線直通列車の減便、本厚木行列車1本を秦野へ延長、「さがみ号」の土休日の減便が行なわれた。また、成城学園前駅が特急停車駅に追加された。
特急以外では、小田原線の急行において、10両編成による運転が大幅に拡大され、途中駅での分割・連結作業の大幅な削減が行なわれた。これに伴い、箱根登山線へ直通する列車は4両編成による各駅停車のみとなった。
その他の改正内容は以下の通り。
- 平日深夜における、新宿駅発相模大野駅行の快速急行の増発(1本)。
- 大和駅始発および行き列車の新設。
- 江ノ島線の全各駅停車の6両編成化。
また、12月21日には和泉多摩川 - 向ヶ丘遊園間で行われている3線化工事の進展により、経堂、成城学園前、和泉多摩川、登戸の各駅のダイヤ修正が行われた。
[編集] 2009年 - ロマンスカーの停車パターン変更
土休日ダイヤ2009年3月14日、平日ダイヤ2009年3月16日改正。
本改正の主な内容としては、ロマンスカーの停車パターン・運転時刻の変更があげられる。
東京メトロ千代田線直通特急「メトロホームウェイ」は運転時刻・編成両数を変更した。東京メトロ有楽町線直通ロマンスカー「ベイリゾート」は運転日を各月第2・第4土曜日に変更した(8月と12月は毎週土曜日運転)。また、一部のロマンスカーの停車駅が増加し、50000形「VSE」が初めて本厚木駅に停車するようになった。
その他の改正内容は以下のとおり。
- 多摩川橋梁の複々線、登戸 - 向ヶ丘遊園間の3線での運行を開始。
- 新宿 - 町田・本厚木間で運行される各駅停車の8両化を推進。
- 平日夜間に新宿 - 相模大野間の快速急行を増発。
- 多摩線の各駅停車を増発。
- 遅延防止のため、一部ダイヤ修正。
- 箱根登山線内の折り返し運用および新松田 - 箱根湯本間の直通運用に使用される車両のカラーリングを変更(1000形の一部が変更の対象となった)。
[編集] 2010年代
[編集] 2012年 - 特急の運用変更・一般列車の分割併合全廃
土休日ダイヤ2012年3月17日、平日ダイヤ2012年3月19日予定。
3年ぶりのダイヤ改正となる本改正の主な内容としては、時間帯ごとの利便性向上と車両運用の変更があげられる。
東京メトロ千代田線・箱根登山線直通特急「メトロはこね」が平日にも運転され、成城学園前駅が停車駅に追加される。主要駅に停車する朝夕のロマンスカーが増発される。「あさぎり」の運転区間は新宿 - 御殿場間となり、60000形「MSE」での運行となる。「あさぎり」の停車駅が変更され、土休日には「えのしま」との併結運転も実施される。
一般列車では途中駅での連結・切り離しが廃止され、土休日に新宿 - 小田原間の快速急行が増発される。
その他の改正予定内容は以下のとおり。
- 「メトロホームウェイ」全列車の停車駅に新百合ヶ丘駅が追加される。
- 平日に50000形「VSE」が1往復増発される。
- 「ホームウェイ」のダイヤが方向別にパターン化される。
- 10000形「HiSE」・20000形「RSE」・5000形が引退し、371系が御殿場線直通特急「あさぎり」運用から引退する。スーパーシート・グリーン席の営業を終了。
- 前年から運休していた東京メトロ有楽町線直通特急「ベイリゾート」、土休日の唐木田行「ホームウェイ」がそれぞれ運転中止になる。
- 土休日の日中に町田始発新宿行の急行・新宿始発相模大野行の急行がそれぞれ運転される。
- 小田原 - 箱根湯本間の各駅停車の小田原駅発着ホームを11番線とし、箱根登山カラーの車両(1000形)に統一する。
- 区間準急の運転区間が新宿 - 本厚木・唐木田間に短縮される。
[編集] その他
[編集] 時刻表の販売
- ダイヤ改正実施のおおむね数日前~半月前に「小田急時刻表」が小田急線の各駅、沿線の書店などで発売される。なお、同誌はダイヤ改正とは関係なく季刊で冊子サイズのものも発売されている。
[編集] 注記
- ^ 『鉄道ピクトリアル』通巻546号 p162
- ^ http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1562/trta06_20001201.html
[編集] 参考文献
- 『鉄道ピクトリアル』通巻405号「特集・小田急電鉄」1982年6月(1982年・電気車研究会)
- 『鉄道ピクトリアル』通巻546号「特集・小田急電鉄」1991年7月(1991年・電気車研究会)
- 『鉄道ピクトリアル』通巻829号「特集・小田急電鉄」2010年1月(2010年・電気車研究会)
- 『鉄道ファン』2004年9月号「特集:東京メトロ」(交友社)
- 『鉄道ダイヤ情報』各号(交通新聞社)
- JTBキャンブックス「小田急電鉄の車両」(編者・著者 大幡哲海、出版・発行 JTB 2002年) ISBN 4533044697
- カラーブックス「768 日本の私鉄 小田急」(編者・著者 生方良雄・諸河久、出版・発行 保育社 1988年) ISBN 4586507683
- カラーブックス「902 日本の私鉄 小田急」(編者・著者 生方良雄・諸河久、出版・発行 保育社 1997年) ISBN 4586509023
- 『MY LINE 東京時刻表』各号(交通新聞社)
- 『小田急時刻表』各号(交通新聞社)