小林賢司
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| オリックス・バファローズ #129 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 山形県酒田市 |
| 生年月日 | 1985年7月3日(26歳) |
| 身長 体重 |
184cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2007年 大学生・社会人ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2009年8月14日 |
| 年俸 | 800万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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小林 賢司(こばやし けんじ、1985年7月3日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手・育成選手)。
目次 |
[編集] 来歴・人物
[編集] プロ入り前
中学時代は軟式野球部に所属し、投手兼外野手として活躍。地元の甲子園名門校・酒田南高校へ進学。1学年上の先輩には福岡ソフトバンクホークスの長谷川勇也がいる。2年の春・夏に甲子園出場するも、いずれも初戦敗退。
青山学院大学では、3年次に春のリーグ戦で最優秀防御率を獲得。4年次には高市俊の抜けたあとのエースピッチャーとしてチームを牽引した。東都大学野球連盟のリーグ戦通算38試合登板し14勝9敗、防御率2.82、184奪三振。
2007年の大学生・社会人ドラフトでは、大場翔太、篠田純平と2度の抽選に外れたオリックスから1位指名を受けた。11月29日、契約金8000万円、年俸1200万円(いずれも推定)で仮契約を交わした。
[編集] プロ入り後
2008年は即戦力として期待されたが、この年は1軍登板がなく、ウエスタンでも1勝、防御率4点台後半と首脳陣の期待を裏切った形になってしまった。
2009年8月14日、対ソフトバンク戦でプロ初登板。しかし、打者2人に対し2四球で1死も取れずに降板というほろ苦いデビューとなった。
2011年12月2日に戦力外通告を受け、育成選手として再契約した[1]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | オリックス | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 6 | 1.0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 3.00 |
| 通算:1年 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 6 | 1.0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 3.00 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板:2009年8月14日、対福岡ソフトバンクホークス15回戦(スカイマークスタジアム) - 9回表に救援登板、0/3回を2四球
- 初奪三振:2009年8月16日、対福岡ソフトバンクホークス17回戦(京セラドーム大阪) - 9回表に田上秀則から見逃し三振
[編集] 背番号
- 29 (2008年 - 2011年)
- 129 (2012年 - )
[編集] 脚注
- ^ “育成選手契約のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2011年12月2日). 2011年12月2日閲覧。
[編集] 関連項目
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