小林登

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小林 登
1927年11月23日 -
生誕地 東京府
所属組織 Naval Ensign of Japan.svg大日本帝国海軍
軍歴 1943 - 1945(日本海軍)
最終階級 海軍上等兵曹(海軍兵学校生徒)
除隊後 東京大学
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小林 登(こばやし のぼる、1927年11月23日 - )は、日本の医学者小児科医東京大学医学部名誉教授国立小児病院名誉院長、医学博士

目次

[編集] 来歴・人物

東京府生まれ。父は日本画家。東京府立第九中学校を経て、1945年海軍兵学校(75期)卒業[1]第一高等学校を経て、1954年東京大学医学部医学科卒業。米・英留学後大学に戻り、1970年東京大学医学部小児科学教授。1980年国際小児科学会会長。1984年国立小児病院小児医療研究センター初代センター長。1988年東京大学名誉教授。1987年から1996年3月まで国立小児病院(現:国立成育医療センター)院長。 その間、臨時教育審議会、中央薬事審議会、人口問題審議会等委員、日本小児科学会理事、国際小児科学会会長など多くの政府委員、学会役員を歴任。1996年国立小児病院名誉院長。日本赤ちゃん学会初代理事長、甲南女子大学国際子ども学研究センター所長、日本母乳哺育学会理事長、日本子ども虐待防止学会理事・会長を務めた。

小児科医として長年にわたり、育児・保育・教育などの問題を総合的にとらえた「子ども学」[2]を提唱。

現在、子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)センター長、チャイルド・リサーチ・ネット所長などを務める。

[編集] 受賞

  • 1984年11月 日本医師会最高優秀功労賞
  • 1985年10月 毎日出版文化賞
  • 1986年07月 国際小児科学会賞
  • 2001年 秋 勲二等瑞宝章
  • 2003年12月 武見記念賞

[編集] 主な著作

  • 『子ども学』
  • 『こどもは未来である』
  • 『子どもは未来への旅人』
  • 『ヒューマン・サイエンス』
  • 『育つ育てるふれあいの子育て』
  • 『風韻怎思―子どものいのちを見つめて』
  • 『新小児医学体系(監修)』

[編集] 脚注

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  1. ^ 敗戦により最後の卒業生となった海軍兵学校75期は1943年12月1日入学、1945年10月1日卒業。入学時の校長は井上成美、卒業時の校長は栗田健男。75期卒業生には海上自衛隊のイージス艦導入を推し進めた吉田學海上幕僚長三好達最高裁判所長官らがいる。
  2. ^ 「子ども学」の詳細については外部リンクのチャイルド・リサーチ・ネット参照

[編集] 外部リンク

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