小川信雄 (実業家)

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小川 信雄(おがわ のぶお、1912年7月9日 - 2002年9月6日)は日本実業家日亜化学工業創業者。元社長会長徳島県出身。旧制徳島高等工業学校製薬化学科(現・徳島大学薬学部)卒業。現・日亜化学工業社長の小川英治は娘婿である。

生涯[編集]

旧制徳島高等工業学校製薬化学科卒業後、南方戦線へ軍医直属の薬務員として従事する。そこで、アメリカ製の蛍光管を目の当たりにして、今後伸びる製品と確信。1956年に徳島県阿南市に、蛍光管製造を主とする日亜化学工業株式会社を設立した。

開発課員だった中村修二の青色発光ダイオード開発着手希望の直訴を受け、アメリカ留学と開発費を拠出。中村の開発作業を側面から支援した。

関連項目[編集]