寺田寿男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

寺田寿男(てらだ ひさお、1945年9月3日 - )は日本実業家。「アート引越センター」として知られるアートコーポレーションの前身である寺田運輸の創業者であり、2000年12月に同社の代表取締役会長に就任した。妻は日本ユニセフ協会大阪支部理事の寺田千代乃。2010年6月に東京都青少年健全育成条例違反(両者の間では金銭の授受があった)の疑いで書類送検[1]されたことを受けて会長職、取締役を辞任。[2]。同社相談役となった。現在係争中[3]。 非合法団体からの脅しなどもあり、一連の事件「未成年への性交渉疑惑」に疑義がもたれている。[4]

人物[編集]

出生から起業まで[編集]

1945年9月3日、大阪下町で出生した寺田は、昔から運動が得意な少年であったという。特に乗り物には、強い憧憬の念を抱いており、当時はサラリーマンの月給ほどした自転車を買うため、小学校のときに近所の材木屋アルバイトをしていたほどであったという。高校進学後は、オートバイに傾倒するようになり、2年で高校を中退した後は、オートレース選手 を目指して鈴鹿サーキットに通った[5]。後の妻となる千代乃(旧姓山本)と出会ったのも同じ頃である。バイクを走らすときは、よく千代乃を後ろに乗せていたという[5]

その後、友人の事故死をきっかけにオートレース選手の道を諦め、興味の対象を自動車に移す。鋼材問屋である井出商店にトラック運転手として就職した寺田は、インテリアショップで働いていた千代乃とともに貯金をし、20歳のときには、日産・スカイラインを購入した[5]。自動車の運転に絶対の自信を持っていた寺田は、1968年に井出商店の社長の後押しをうけ独立し、寺田運輸(後のアートコーポレーション)を興した[6]

事業の黎明期[編集]

寺田は、当時固定制が普通であった給与を歩合制へ変更し、若い従業員の信頼を得ることに成功した[7]。また車好きであった寺田は、積載量を増やすようトラックを改造するなどして、着実に利益を伸ばしていった[7]

寺田の経営手腕を認めた井出商店の社長は、共同経営の提案を申し出るが、寺田はこれを拒否する[7]。その後、1971年に井出商店の社長からの借金を清算させた寺田は[7]、1972年に事業を正式に法人化させ、寺田運輸株式会社を設立した[8]。法人化の際、寺田は自らの肩書きを社長ではなく、「営業課長」とし、会社営業の最前線に身を置いた[9]

「引っ越し業」の開拓[編集]

寺田は勤務中のあるとき、雨の日にトラックが引っ越しの荷物を積んでいる光景をみて、引っ越し業への参入を着想した[10]。当時、引っ越しは運送業者の副業として行わ れていたが、作業中に荷物を盗難されたり、家財道具が雨風にさらされたりするなど、現在の引っ越し業に比べ、はるかに拙劣なものであった[10][11]。寺田は、当時懇意にしていた立石電機(後のオムロン)が当時としては珍しい週休二日制を採用していたことを利用し、立石電機向けのアルミバンを週末の二日間だけ水性塗料で「引っ越し専用車」と上塗りするという妙案を思い付く[10]。寺田は、すぐさま資金繰り[12]や陸運局の免許取得[13]などの手続きに取り掛かり、紆余曲折の末、1977年6月にアート引越センター株式会社を設立した。寺田は、引っ越しなど家庭に関することは女性に決定権があることが多いという点に目をつけ、妻の千代乃を社長に就かせ、女性のニーズにきめ細かく対応できるようにした[14]

事業が軌道に乗った後も寺田は、家族と家財を同時に運ぶ「ドリームサルーン21」や引っ越しの際に自動車も一緒に運ぶ「CAR CARRY21」などヒットとなるサービスを次々と生み出した[15]。また、新たなサービスを発案すると、すぐに実用新案権を取得していたので、他社が追随することは困難であった。

経営のカリスマとして[編集]

次々と新しいサービスを展開し、常に高い顧客満足度を維持させる寺田の能力に対する評価は高い。また経営に関する書籍の中には、企業という組織の中でいかにして従業員の信頼を勝ち取るか、寺田が信条としてきたものに学ぼうとするものも存在する[16]

2003年には、アート引越センターの成功をテーマに、寺田と妻の千代乃をモデルにしたテレビドラマあなたの人生お運びします!』が製作されている[17]


脚注[編集]

  1. ^ 産経ニュース「[1][リンク切れ]」2010.6.2 21:33
  2. ^ アート引越センター ニュースリリース[2][リンク切れ]。代表取締役の異動に関するお知らせPDF2010年6月4日、臨時報告書PDF2010年6月7日
  3. ^ 日本経済新聞[3][リンク切れ]2010.6.5
  4. ^ アート前会長への詐欺未遂容疑[4][リンク切れ]
  5. ^ a b c 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 2」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  6. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 3」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  7. ^ a b c d 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 4」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  8. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 5」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  9. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 6」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  10. ^ a b c 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 7」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  11. ^ 第10回農林公庫関西ブロック交流会を開催(PDF)」『アグリ・フード・サポート』7、農林漁業信用公庫、2006年12月、15頁、2010年7月8日閲覧。
  12. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 10」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  13. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 11」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  14. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 8」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  15. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 14」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。
  16. ^ #関連文献を参照。
  17. ^ 田村圭司「千代乃と歩んだ「にこいち」人生―寺田寿男物語 23」、『理念と経営』、コスモ教育出版、2007年9月、2010年6月16日閲覧。

関連文献[編集]

  • 巽尚之 『アート引越センター 全員野球の経営 市場を拓き30年間成長しつづけた秘密』 PHP研究所、2006年8月、50頁。ISBN 978-4882730309
  • 『世界の起業家50人―チャレンジとイノベーション』 大東文化大学起業家研究会、学文社、2004年4月、294頁。ISBN 978-4762013041
  • 小松陽一・高井透 『経営戦略の理論と実践』2、戦略研究学会、芙蓉書房出版〈叢書アカデミア〉、2009年12月、145頁。ISBN 978-4829504697
  • 千本倖生 『挑戦する経営―千本倖生の起業哲学』 経済界、2008年10月、171頁。ISBN 978-4766784374

外部リンク[編集]