富山駐屯地

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富山駐屯地
位置
地図
所在地 富山県砺波市鷹栖出935
座標 北緯36度38分38秒 東経136度56分16秒 / 北緯36.64389度 東経136.93778度 / 36.64389; 136.93778
概要
駐屯地司令 第382施設中隊長 兼務
主要部隊 第382施設中隊
ほか
面積 3万7千平方メートル[1][2][3]

開設年 1962年
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富山駐屯地の位置(富山県内)
富山駐屯地

富山駐屯地(とやまちゅうとんち、JGSDF Camp Toyama)は、富山県砺波市に所在し、第7施設群第382施設中隊などが駐屯している陸上自衛隊駐屯地

概要[編集]

陸上自衛隊のなかでは小規模な駐屯地である[3]。富山県唯一の自衛隊の施設であり、唯一の実力部隊が駐屯することから、重要な位置づけがある。駐屯地司令は第382施設中隊長が兼務。

非常に手狭なため、有事の際に満足な活動が期待できないとして、富山県知事(当時)の石井隆一砺波市などの地元自治体は、防衛省にたびたび拡張要望を出していた[4]

要望に基づき、有事の際の支援拠点となる能力を有するべく拡張工事を2019年に着工[2][3]2021年令和3年)3月に完成した[1]。これにより有事の際は大型ヘリ(CH-47)も離着陸可能な大型ヘリポートを有する駐屯地となった[1][2][3]

沿革[編集]

金沢駐屯地富山分屯地

富山駐屯地

  • 1966年(昭和41年)2月21日:富山駐屯地に昇格[9]。第425会計隊が創設。
  • 1968年(昭和43年)3月1日:第410基地通信隊が創設。
  • 1973年(昭和48年)3月27日:第321地区施設隊が第4施設団直轄となる。
  • 1975年(昭和50年)3月26日:第410基地通信隊が第306基地通信中隊富山派遣隊に改編。
  • 1993年平成5年)3月30日:第321地区施設隊が第4施設団直轄の第301施設隊に改編。
  • 2006年(平成18年)3月28日:第301施設隊が第7施設群隷下の第382施設中隊に改編。第104直接支援大隊整備第2直接支援中隊富山派遣隊が新編。
  • 2015年(平成27年)3月26日:第425会計隊が第336会計隊富山派遣隊に改編。

駐屯部隊[編集]

中部方面隊隷下部隊[編集]

防衛大臣直轄部隊[編集]

最寄の幹線交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「大型ヘリ着陸可能 砺波の陸自富山駐屯地機能拡充祝う」『北日本新聞』、2021年4月26日、28面。
  2. ^ a b c “大型ヘリ離着陸場を整備 砺波・陸自富山駐屯地拡張工事が完成 防衛・防災力の向上期待”. 北國新聞. (2021年4月26日). オリジナルの2021年4月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210426015731/https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/395517 2021年6月5日閲覧。 
  3. ^ a b c d “大型ヘリ発着可能に 陸自富山駐屯地 拡張工事完成”. 中日新聞Web. (2021年4月26日). オリジナルの2021年4月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210426113450/https://www.chunichi.co.jp/article/243192 2021年6月5日閲覧。 
  4. ^ 小野寺防衛大臣来県、富山駐屯地の拡張要望”. 北日本放送 (2013年6月13日). 2013年6月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月13日閲覧。
  5. ^ a b 『砺波市五十年史』(2004年3月25日、砺波市発行)541頁より。
  6. ^ 朝雲新聞社編集局 編『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社、1971年9月20日、113頁。 
  7. ^ 『砺波市五十年史』(2004年3月25日、砺波市発行)284頁より。
  8. ^ 『砺波市五十年史』(2004年3月25日、砺波市発行)385、539頁より。
  9. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和40年政令第381号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ. 2017年3月21日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]