富塚三夫

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富塚 三夫(とみづか みつお、1929年2月27日 - )は日本の労働運動家政治家。元日本労働組合総評議会(総評)事務局長、日本社会党衆議院議員(2期)。

明治大学政治経済学部卒。国労書記長として、1975年の公労協統一ストライキ(スト権スト)を指導する。

1976年7月から1983年7月まで7年間総評事務局長を務めた。1983年12月の衆議院議員総選挙旧神奈川5区より日本社会党公認で出馬し当選。翌1986年の総選挙は落選するも、1990年に返り咲く。91年には社会党国際局長に就任。その後も1993年に旧神奈川5区から、1996年神奈川15区より民主党公認で出馬するも落選、政界を引退した。

評伝[編集]

  • スト権スト中、NHK総合テレビの特別番組で、当時官房副長官であった海部俊樹と討論をおこなった。このときの海部の一歩も引かない態度が視聴者の好感を呼び、1980年代後半ネオ・ニューリーダーと目される下地をつくった。
  • スト権スト前から、倉石忠雄をはじめとする自民党内の労働族議員と接触を持ち、スト権付与に理解を示していた彼らを取り込むことで、交渉を有利に進めようとした[1]。しかし自民党内の三木おろしをめぐる駆け引き、鉄道からトラックへの貨物輸送のシフト、一般国鉄利用者の予想以上の反感など、大局を読み間違えたことが敗北につながった。

脚注[編集]

  1. ^ NHK取材班『NHKスペシャル 戦後50年その時日本は 第5巻』P340