宮良殿内

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宮良殿内
母屋と庭園
宮良殿内の模型(八重山博物館蔵)

宮良殿内(みやらどぅんち、めーらどうぬじい)は沖縄県石垣市にある琉球王国時代の邸宅。国の重要文化財で、石垣港の北400メートルほどに位置する。メーラヤラドゥヌジィとも呼んだ。

歴史[編集]

殿内とは地頭職の者の邸宅の敬称であり、宮良殿内は首里の士族屋敷をまねた建築とされる。宮良家8世の宮良当演が宮良間切の地頭職(八重山頭職)にあった1819年文政2年)頃に建造された。

琉球王国時代の住宅は階級により厳重な規格があったため、この住宅も八重山の頭職(かしらしょく)には不相応として、5回にわたって取り壊しを命じられたが従わず1875年明治8年)、検使の譴責により茅葺への葺替えが命じられた。1893年明治26年)には石垣島を訪れた笹森儀助が宿泊し、家屋や庭園は沖縄県下で希である、と記している[1]1899年(明治32年)には再び瓦葺となった。宮良家に残されていた『万書付集』などの関連する古文書(『宮良殿内文書』)は、琉球大学に寄贈され、現在も保管されている。

構造[編集]

462の屋敷を石垣で囲い、南面には四脚門と、と土を積んだ仕切り屏(ヒンプン)がある。ヒンプン中央の中門は、重要な祭事や慶事、凶事の際のみに用いた。

母屋イヌマキを主材とした木造瓦葺・平屋建で、部屋数は12間。一番座と呼ぶ客間の東側には、石灰岩などで構築した、首里庭師・城間親雲上の作という和風の枯山水庭園があり、国の名勝に指定されている。

所在地[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『南嶋探験』

参考文献[編集]

  • 『沖縄大百科事典』下巻 沖縄タイムス社 1983年
  • 日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館 (『日本歴史地名大系』 平凡社、1979年-2002年 を基にしたデータベース)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯24度20分28.0秒 東経124度9分34.8秒 / 北緯24.341111度 東経124.159667度 / 24.341111; 124.159667