宮沢吾朗

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宮沢吾朗(みやざわ ごろう、1949年11月29日 - )は、囲碁棋士日本棋院所属、木谷實九段門下、九段。新人王戦優勝2回、棋聖戦名人戦本因坊戦リーグ入りなど。剛打、剛腕の戦闘的な棋風で高い人気を持つ。800勝達成。

経歴[編集]

北海道帯広市生まれ。戸籍上の登録は「宮澤」。1961年に木谷實九段に入門し、日本棋院院生となる。1966年に入段。1976年に棋聖戦五段戦で優勝。1980、85年に新人王戦優勝。1992年の十段戦では勝者組を勝ち抜いて挑戦者決定戦に進むが、小林光一棋聖に敗れる。同年名人戦リーグ入りするが1勝7敗で陥落。1992年九段。1996年本因坊戦リーグで2勝5敗。2000年の棋聖戦リーグでは2勝3敗で残留、翌年も2勝3敗ながら陥落。2005年にもリーグ入りするが5敗で陥落。2009年にもリーグ入りしている。日中囲碁交流には、1981、84、86年に参加。

筋がよく、鋭い着眼で猛攻を仕掛ける棋風に心酔するアマチュアは多い。木谷実は宮沢を初めて見たとき「久しぶりに尾のハネ上がったをつかまえた」と言ったという。打碁集(日本棋院、2005年)の解説には「先生の常識は世の非常識。常識人でありたいのなら、この先生の碁に深入りしてはならない。」とまで書かれた。

第36期天元戦予選Bで史上26人目の公式戦通算800勝を達成する[1]。1966年4月20日に大手合 久島国夫二段に黒番中押し勝ちしたのが初勝利である[1]。59歳5ヶ月での達成は史上19位、入段から43年1ヶ月での達成は史上19位であり、達成時勝率は .604 となり史上23位である[1]。通算成績は800勝524敗6持碁[1]

趣味は50歳を過ぎて始めたオートバイで、愛車はカワサキ・GPX250R/II。

主な棋歴[編集]

著作[編集]

  • 『詰碁ジョイブックス (10) 上級編』日本棋院 1982年
  • 『宮沢吾朗 打碁鑑賞シリーズ(10)』日本棋院 2005年
  • 『常識破壊-殻を破る発想法』毎日コミュニケーションズ 2005年

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 宮沢吾朗九段が通算800勝達成|棋戦情報日時:2009.05.28 公益財団法人日本棋院

外部リンク[編集]