宮川大輔 (タレント)

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宮川大輔
本名 同じ
生年月日 1972年9月16日(37歳)
出身地 京都府京都市
血液型 B型
方言 関西弁
最終学歴 京都西高等学校
出身 NSC大阪校9期
コンビ名 チュパチャップス(解散済み)
相方 ほっしゃん。(元相方)
芸風 コント(元ツッコミ)
立ち位置 右(コンビ時代)
事務所 吉本興業
活動時期 1991年 - 現在
同期 ナインティナイン よゐこ 日村勇紀
現在の代表番組 世界の果てまでイッテQ!
満天☆青空レストラン
過去の代表番組 本番で〜す!
上海大腕
他の活動 役者
配偶者 既婚
公式サイト 宮川大輔の365日
  

宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年9月16日 - )は、日本のお笑いタレント俳優京都府京都市出身。小学校2年から高校3年まで滋賀県大津市比叡平育ち。京都西高等学校(現・京都外大西高等学校)卒業。吉本興業所属。既婚。身長169cm(『channel a』の番組内での測定より。公称は172cm)。血液型B型。事務所の先輩である宮川大助・花子の宮川大助とは同音異字である。

目次

[編集] 略歴

高校3年生の時に父親の同級生である桑原征平(当時関西テレビアナウンサー)の紹介で吉本興業の養成所である大阪NSCに同期生から2ヶ月遅れで入る。

1991年4月に同期の星田英利(現・ほっしゃん。)とチュパチャップスを結成。同年より同期のナインティナイン(宮川が入った時にはナイナイの二人は学費未納で中退していた)等と共に、お笑いユニット「吉本印天然素材」に参加する。なお宮川はメンバー最年少であった。

1997年に結婚。

1998年頃には、芝公園にあったロシアレストランのキッチンで働きながらお笑いを続けていたが1999年にコンビ解散。解散後は舞台を中心に活動。2001年にルミネtheよしもとがオープンすると、「吉本新喜劇」に出演するようになり芸人の仕事に復帰する。2008年頃からは、連続ドラマに出演するなど俳優としての活動も増えている。また、解散後も元相方・ほっしゃん。とは舞台やテレビで共演をしている。

人志松本のすべらない話」シリーズは2004年の初回放送から毎回出演しており、得意の擬音やアクションを巧みに利用し家族の話など多数すべらない話を披露している。これを切っ掛けにバラエティ番組への出演も増えている。元々この番組はMCの松本人志が番組中に大輔が披露した「食事へ向かう途中」という話をプライベートで聞いた際に「こういう何度聞いても面白い話を披露する番組をやりたい」との発想から生まれたという経緯がある。後にスピンオフ企画として『大輔宮川のすべらない話』がCSフジテレビ721で放送された(『ジュニア千原のすべらない話』も同様)。

[編集] 人物

  • テレビに出演するときは西川のりお浜田雅功などのようにキレキャラとして出演することが多い。
  • 現在はドラマを除くテレビ番組で、メガネをかけて出演することが多い。そのデザインは、黒縁セルフレームでレンズが大きく若干ゴーグルのような形をしている。これはレーシックで近眼治療をした千原ジュニアから、不要となった愛用眼鏡をもらったもの。ただし、これは伊達眼鏡であり普段はコンタクトレンズを付けている。
  • 性格はドSであり、「後輩の頤(下あご)を蹴って砕く」・「ハンガーに吊るし殴る」・「衣服をビリビリに破く」等のエピソードが、多数の芸人仲間から語られている。その様子を目にすることが多い千原ジュニアは、「大輔の後輩じゃなくてよかった」と述べている。(『アメトーーク』・『にけつッ!!』などより)
  • 天然素材時代、本人曰く同性愛者の傾向があった時期があり、当時相方のほっしゃん。が寝ている隙にキスをしたり、先輩である宮迫博之雨上がり決死隊)に憧れるあまり股間に手を置き、添い寝をしたことがある。二人は大輔の行為に気付いていたが、気まずくなるのを恐れ最近まで黙っていたという。(『人志松本のすべらない話』より)
  • カブスカウト(小2-5)・ボーイスカウト(小5-中3)・ベンチャースカウト(中3-20歳)・ローバースカウト(18歳以上)と、青少年団体での活動が豊富でありその中では隊長経験もある。現在でも京都第18団に所属している。その経験を生かし、『アメトーーク』のプレゼン大会では、ボーイスカウト芸人を企画し持ち込んでいる。
  • 1日50本程タバコを吸うヘビースモーカーである。ライターの似合う男ナンバーワンを決める第1回「LIGHTER MAN2008」を受賞しており、十数個のライターをプレゼントされている。
  • 2008年頃からは、俳優として『シバトラ』『チーム・バチスタの栄光』『銭ゲバ』と3クール連続で連続ドラマに出演しており、『シバトラ』ではコミカルな役を、『チーム・バチスタの栄光』『銭ゲバ』ではシリアスな役をそれぞれ演じている。なお、後者の役回りでは眼鏡を外して出演しており、『シバトラ』では関西弁で演技していたが、後者は共に標準語で演技していた。
  • ロシア料理店で働いていた経験があり、料理を得意としている。そのセンスはテレビ番組(『いきなり黄金伝説』の「鉄板ボーイ」シリーズなど)で生かされている。
  • いきなり黄金伝説』の「ザリガニだけでサバイバル生活する」企画の一環でスキューバダイビングの資格を取得している。
  • 小島よしおのことを「滑ったときに絡みづらい」と苦手意識を持っているようである[1]。最近では、共演する機会も増え、徐々に打ち溶け合っている[2]

[編集] エピソード

  • 同じ事務所(吉本興業)の大先輩に同音異字の宮川大助(宮川大助・花子)が居る。本人へ芸名に関してて伺いをたてたところ、大助が「自分の名前は芸名で君の宮川大輔は本名なので、改名するとしたら自分の方がするべきだ」と冗談で返されて、宮川大輔のままで芸能活動する事の了承をもらった。
  • 2006年3月9日、『どっちの料理ショー』(この回は「豚の生姜焼きVSレバニラ炒め草彅剛は欠席)に出場した際、8対1で「一人犠牲者」になってしまい、負けた腹いせに食事中の関口宏に「馬鹿野郎!!」と怒鳴ってしまい、出入り禁止を喰らった。
  • 2009年7月5日シアターBRAVA!で行われた「吉本新喜劇50周年記念ツアー〜笑ってコケて50年、未来へ向かってドタバタ行こう〜」で刑事である宮川がすっちーから身体検査を受けた際にフロッピーディスクが出てくる予定だったが入れ忘れてしまった。すっちーがとっさにマイクロチップに変えその場をしのぎ宮川はいったん退き、フロッピーディスクを入れた。終了後、宮川は客席に向かって謝罪した。
  • 世界の果てまでイッテQ!』ではお祭り男として、「珍獣ハンターイモト」に次ぐ放送回数の「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」を担当。世界中の祭りに参加し、日本人初の参加者かつ有名なお笑いタレントとして現地のマスコミに取り上げられる事も多い(ただし当の新聞ではDAISUKI MIYAZAWA、DIASUKE MIYAWAWA、DOISUKE MIYAGAWAなど毎回のように誤表記される)。祭りは競技性があり危険を伴う物が多く、優勝した事もあれば全く良い所が無く終わる事もあり見所となっている。この企画内では何かと「アカーン!」と叫び、本人は場面や言い方によって意味合いが違うとしている。視聴者の要望に応えてその場面の総集編が放送された事もある。

[編集] テレビ

[編集] バラエティー

レギュラー

過去のレギュラー

不定期

過去の不定期

ゲスト

[編集] ドラマ

[編集] CS

[編集] CM

[編集] WEB限定

  • CHINTAI(2007年8月 - )
    • レッサーくん篇
      • 初めてのお部屋拝見篇
      • 最新設備にドキドキ!篇

[編集] ゲーム

[編集] 映画

[編集] インターネット配信

[編集] ラジオ

[編集] 舞台

  • 吉本新喜劇(ルミネtheよしもと)(2001年~)
  • BOYS TIME(2000年、2001年)演出:宮本亜門
  • THE WINDS OF GOD(2000年)キンタ役
  • 贋作・桜の森の満開の下(2001年)演出:野田秀樹
  • MAKOTO"~ゆく年くる年 Hello,X'mas~(2002年)主演:今井雅之
  • 0.5ミリの遠距離恋愛(2003年)主演:一色紗英
  • パルコ劇場プロデュース GOOD(2004年)主演:西村雅彦
  • だめんずうぉ~か~(2006年)演出:鈴木おさむ
  • す☆け☆だ☆ち(2007年)主演:筧利夫松浦亜弥

[編集] 脚注

  1. ^ 世間を大震撼させたアノ企画が再び!”. ロンドンハーツ (テレビ朝日). (2009-7-28). http://www.tv-asahi.co.jp/londonhearts/contents/backnumber_BN/0120/. 
  2. ^ 新潟県でカニ尽くし!!”. 満天☆青空レストラン (テレビ新潟, 日本テレビ). (2009-11-28). http://www.ntv.co.jp/aozora/content/20091128.html. 

[編集] 外部リンク

先代:
2005年
井上聡次長課長
最も売れる吉本No.1芸人
2006年
次代:
2007年
たむらけんじ