宮地佑紀生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宮地佑紀生(みやち ゆきお、1949年1月9日 - )は、中京圏を拠点に活動するタレントサンデーフォーク所属。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 来歴

名古屋市中区大須生まれ(河原龍夫矢野きよ実一路真輝と同じ)。実家は日本でも珍しい緞帳屋だった。大須小学校前津中学校と地元で育った生粋の名古屋っ子である。高校は愛知高校

愛知学院大学卒業後、東京デザイナー学院に進学。23歳でアクセサリーショップ「参百六拾六日の店」を創業した。25歳の時に、当時行われていた名鉄セブン社員による生CMに出演したのがきっかけで東海ラジオのプロデューサー・塩瀬修充からの誘いを受け、ラジオパーソナリティを始めた[1]。タレント活動開始当初には『ミッドナイト東海』月曜や『土曜どんどん大放送』などを担当した。『ミッドナイト東海』への宮地の起用にあたっては社内会議で反対の声もあったようであるが、塩瀬の尽力により出演が決定した。1976年にはバンド「無有(むう)」を結成し、「名古屋っ子」などの歌を歌ったが、全く売れなかった。一時期宮地由紀男を名乗っていたことがあるが、長女誕生を機に改名している。

タレントとして活動するその傍らで「参百六拾六日の店」の経営も続けていて、多い時には豊橋軽井沢など全国で13店舗を展開していた。しかし、次第に借金がかさんでいき、店は次々と閉鎖していった。借金が一億円に達した時には宮地は毎日自殺することを考えていたらしく、飲みに行った際などにはその店が入居しているビルの屋上まで昇ったこともあるというくらい追い詰められていた時期もあったようだ。1997年に自身の冠番組『宮地佑紀生の聞いてみや〜ち』を始める際に、最後に残った4店舗を他人に譲り、以降の活動をタレント一本に絞った。なお、本人が『聞いてみや〜ち』の放送中にたびたび話している内容によると、2006年には「既に借金は完済した」とのことである。

2000年代以降の活動としては、引き続き自身の冠番組『聞いてみや〜ち』でパーソナリティを務めている他、メ〜テレ特選朝いち どですか!』への出演がある。また、2004年12月10日には、ともにCBCラジオの人気パーソナリティであるつボイノリオ伊藤秀志と3人で、自主制作による振り込め詐欺撲滅ソング「オレオレ詐欺のドナタ」を発表した。2005年3月9日には初の自叙伝『宮地佑紀生の天国と地獄』を発表。同年8月26日には写真入り切手を発売した。名古屋市内にある高岳郵便局には、関連する写真が掲示された。同年のにっぽんど真ん中祭りにて、伊藤秀志とともに総踊りの新曲「どまつり囃子 -ODORANA-」を披露した。

ラーメン好きであることで知られ、ラーメンに関する本を執筆したことがある。また、長年寿がきや食品のCMにも出演している。『どですか!』のラーメン開発企画では、寿がきや食品の全面協力の下、宮地自身も開発に携わりながら番組特製の「どですかラーメン」を完成させた。この商品は当初はスガキヤの一部の店舗で販売されていたが、反響が大きかったため、期間限定ではあったがサークルKでもカップ麺バージョンで販売された。他、『聞いてみや〜ち』ではリスナーおすすめのラーメン店情報を随時募集している。競艇好きであることでも知られ、ボートピア名古屋のテレビCMやラジオCMに出演している。

[編集] スガキヤと宮地

高校生の頃にやりくりして貯めた小遣いでスガキヤのラーメンを食べていた時に、ラーメンに振りかけようとして振った胡椒の瓶の蓋が外れ、瓶の中身の殆どをラーメンに掛けてしまったことがあった。しかし、その店の当時の店長が好意で追加の料金なしでラーメンを作ってくれ、それ以来宮地はスガキヤが大好きになったという。このことから、寿がきや食品のCMへの出演依頼が自分の下に来た時には嬉しさを超えて感動したという[2]

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

[編集] アルバム

  • 宮地の壱盤(2007年11月30日発売)

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] ラジオ番組

[編集] CM

[編集] 執筆

[編集] 著書

  • 宮地祐紀生の天国と地獄 名古屋で30年間しゃべり続けた男が初めて明かす(2005年3月9日発売、発行 - クリタ舎ISBN 978-4-903041-00-1

[編集] 雑誌連載

  • 月刊KELLyゲイン) - 『宮地佑紀生の世渡り上手は手みやげ上手』というコラムを連載中。

[編集] 脚注

  1. ^ 当時のことについて塩瀬は宮地が出版した『宮地佑紀生の天国と地獄』の中で、当時東海ラジオのスタジオでテストを行った際に、宮地はフリートークでもういいからというまでしゃべり続けた。塩瀬はこのような新人は、後にも先にも宮地と無名の頃の笑福亭鶴瓶だけだと本に記している。
  2. ^ 『宮地佑紀生の天国と地獄』より。

[編集] 関連項目

  • 東海ラジオ
  • 中京テレビ
  • メ〜テレ
  • 名鉄セブン
  • サンデーフォーク
  • 松山千春 - 永年に渡り親交があるアーティストで、宮地曰く「年下の兄貴」。借金で苦しんでいた頃の宮地を自身のラジオ番組のパートナーに迎え入れた。また、宮地が中京圏外で唯一レギュラーに持った番組がSTVラジオ『アタックヤング』であるが、その際に宮地をSTVラジオに紹介したのも松山である。現在でも松山は『聞いてみや〜ち』のリスナープレゼントを提供することがある。
  • 岡村孝子 - 彼女があみんとして音楽活動を開始した時代から親交がある。岡村は名古屋に新曲キャンペーンに訪れた際には、必ずと言っていいほど宮地の番組にゲスト出演する。
  • 神野三枝 - 『聞いてみや〜ち』で長年コンビを組んでいるラジオパーソナリティ。
  • つボイノリオ - 現在の中京圏のラジオ界を代表するパーソナリティで、『ミッドナイト東海』のDJ経験者という繋がりがある。現在ではつボイが東海ラジオのライバル局であるCBCラジオでパーソナリティを務めていることから競演は少ないものの、30年近くの親交を持つ。
  • 河原龍夫 - 宮地と同じく中京圏を拠点に活動するラジオパーソナリティ・ミュージシャンで、サンデーフォークでの繋がりから親交がある。『聞いてみや〜ち』内で度々宮地にネタにされている。彼の結婚式では宮地が司会を務めた。
  • 矢野きよ実 - 宮地と同じく中京圏を拠点に活動するローカルタレントで、『どですか!』で宮地の相手を務めている。
  • 嘉門達夫 - 宮地や矢野と同様に『ラジオDEごめん』に出演。3者ともに担当曜日は別々であったが、その当時から親交がある。
  • 宮根誠司 - 朝日放送出身の関西在住のフリーアナウンサー。宮地と同様に帯番組のレギュラーを2本抱えており、また、自ら「浪花のみのもんた」を称している。
  • 福留孝介 - 元中日ドラゴンズ外野手。プライベートで親交があり、2004年のアテネ五輪では、日本代表として出場した福留の試合を宮地が現地観戦した。『聞いてみや〜ち』にゲストとして出演したこともある。
  • 山崎武司 - 元中日ドラゴンズ選手、現在東北楽天ゴールデンイーグルス選手。ドラゴンズ時代から宮地や上記の福留も含めて親交があり、福留が運営するサイトの写真ギャラリーには3人で撮影した写真が多々掲載されている。

[編集] 外部リンク