宮井勝成

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宮井 勝成
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京府(現:東京都杉並区
生年月日 1926年4月14日(85歳)
選手情報
ポジション 外野手内野手
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
監督・コーチ歴
  • 早稲田実業学校高等部 (1954 - 1959)
  • 中央大学 (1959 - 1993)

宮井 勝成(みやい かつなり、1926年4月14日 - )は、中央大学硬式野球部総監督。元中央大学硬式野球部監督、元早稲田実業学校硬式野球部監督。

高校野球(甲子園)と大学野球(神宮)の両方で全国制覇を果した日本唯一の名監督王貞治の高校時代の監督。

目次

[編集] 来歴・人物

東京府(現・東京都杉並区)生まれ。早実時代、第18回選抜中等学校野球大会で甲子園に出場。卒業後は、中央大学に進学。早実時代は内外野、中大時代は外野手であった。

その後、寿司屋を営みながら、1954年に母校・早実コーチに就任。後に体罰問題もあって久保田高行に代わり、1955年に監督に就任。1957年第29回選抜高等学校野球大会にて王貞治投手を擁して甲子園大会初優勝。戦後はじめてセンバツ優勝旗が箱根の山を渡った。

1959年秋、東都中大監督に就任。以来35年間の監督生活において、全日本大学野球選手権大会優勝3度、明治神宮野球大会優勝1度。武上四郎末次利光高橋善正藤波行雄佐野仙好‎田村政雄高木豊小川淳司笘篠賢治らをプロ野球に輩出した。1994年に総監督に就き、‎阿部慎之助亀井義行‎らを育てた。

娘・芙美子は巨人V9戦士・末次利光の妻[1]

[編集] キャリア・経歴

[編集] 中大硬式野球部での教え子

[編集] 早実硬式野球部での教え子

[編集] 著書

  • 『軟式野球 はじめて野球を志す人のために』(日本文芸社:1980年6月)

[編集] 関連図書

  • 『高校野球 甲子園優勝物語』(ベースボール・マガジン社)
  • 『岩にツメを立てて登れ-野球界の名将に学ぶ 新スパルタ育成法-』(日本文芸社)
  • 『早実野球部 栄光の軌跡』(ベースボール・マガジン社)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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