宝満山
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宝満山(ほうまんざん)(標高829.6m)は福岡県の山であり、別名を御笠山(みかさやま)、竈門山(かまどやま)とも言う。
かつての筑前国御笠郡の中央に位置し福岡市の南東、太宰府市の北東にある。古くから霊峰として崇められ、山頂の巨岩上に竈門神社の上宮があり、全山花崗岩で、英彦山、脊振山と並ぶ修験道の霊峰である。
山頂の眺望は抜群で、西から脊振山地の山々、博多湾・玄界灘・三郡連山(砥石山・三郡山・頭巾山・仏頂山・宝満山)・英彦山・古処山・馬見山・津江山地・九重山の山々・福岡・筑後・佐賀の三平野・有明海の彼方に雲仙岳も遠望でき、稜線沿いに仏頂山・三郡山へと至る道は人気の高いハイキングコースである。数多くの登山道があるが、太宰府側からのものが登山者が多い。
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[編集] 山名の由来
[編集] 御笠山
最も古い名称で、筑紫野市の二日市方面から望むと「笠」の形に見えることから(古来「笠」は神の憑代(よりしろ)と考えられ山全体が御神体として信仰されていた)
[編集] 竈門山
この山の九合目にある竈門岩によるという説と、貝原益軒の「筑前国続風土記」には「この山は国の中央にありていと高く、造化神秀のあつまれる所にして、神霊のとどまります地なれはにや、筑紫の国の惣鎮守と称す。」と書かれてあり、カマドのような形をしていて、常に雲霧が絶えず、それがちょうどカマドで煮炊きをして煙が立ち上っているように見えることからという説がある。
[編集] 宝満山
- 神仏習合によってこの山に鎮座する神が「宝満大菩薩」とされたことから。
- 伝教大師最澄も宝満山で祈祷をしたといわれているが、方位から言えば大宰府政庁の鬼門(北東)にあたり、京都御所における鬼門封じの比叡山と同じ役目になるといわれている。
- 太宰府天満宮の手水舎は宝満山から運び出した岩で造られたもの。
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- 筑紫豊『さいふまいり』西日本新聞社、1976年
- 太宰府市 編『太宰府市史』2004年
- 森弘子『太宰府発見』海鳥社、2003年、ISBN 4-87415-422-0
- 浦辺登『太宰府天満宮の定遠館』弦書房、ISBN 978-4-86329-026-6