宜昌市

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中華人民共和国 湖北省 宜昌市
宜昌天际线
宜昌天际线
湖北省中の宜昌市の位置
湖北省中の宜昌市の位置
中心座標 北緯30度20分 東経112度12分 / 北緯30.333度 東経112.200度 / 30.333; 112.200
簡体字 宜昌
繁体字 宜昌
拼音 Yíchāng
カタカナ転記 イーチャン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
湖北
行政級別 地級市
面積
総面積 21,084 km²
人口
総人口(2004) 414.9 万人
市区人口(2004) 133.8 万人
経済
電話番号 0717
郵便番号 443000
ナンバープレート 鄂E
行政区画代碼 420500
公式ウェブサイト http://www.yichang.gov.cn/

宜昌市(ぎしょう-し)は中華人民共和国湖北省西部に位置ある地級市である。宜昌は長江三峡の下流に位置する港町であり長江クルーズや貨物船の寄港地である。宜昌市街より上流の長江は西陵峡であり、宜昌市街地の傍には葛州壩ダム発電所が、その40km弱上流には三峡ダムがある。

歴史[編集]

長江中流に面する宜昌

宜昌の歴史は長く、長江の三峡の入口として軍事的に重要な地であった。楚と巴の文化の発祥の地と言われる。詩人・政治家である屈原と中国四大美人の一人、王昭君の故郷とされる。また三国時代には夷陵の戦いの戦場となっている。

春秋戦国時代の西境であった。古名を夷陵と称した。前221年秦朝により南郡が設置されている。208年建安13年)、後漢により臨江郡に、210年(建安15年)には宜都郡と改められ、下部に宜都県秭帰県枝江県夷道県の4県を管轄した。三国時代いはにより222年皇武元年)に西陵郡が設置され、後に宜都郡と改称され、南北朝時代は南朝政権に継承された。南朝のは宜都州を宜州と改称、西魏拓州と、後周峡州と改称している。

607年大業3年)、隋朝は州制を廃止し夷陵郡を設置、下部に夷陵県夷道県長陽県遠安県の4県を管轄している。唐朝が成立すると夷陵郡は廃され陝州が設置された。五代十国時代には高季興による地方政権である荊南の版図に編入されている。

宋朝が成立すると再び陝州が設置され、荊湖北路の管轄とされ、元豊年間(1078年-1085年)に峡州と改称された。元代峡州路明代は峡州府が設置されたが、1376年洪武9年)に夷陵州と改められ、下部に宜都県、長陽県、遠安県の3県を管轄、湖広布政使司荊州府上荊南道の管轄とされた。清朝が成立すると1648年順治5年)、夷陵州を彝陵州と改称、1735年雍正13年)には彝陵州は宜昌府に昇格、下部に東湖県興山県巴東県長陽県長楽県の5県及び帰州鶴峰州の2州を管轄した。1876年光緒2年)、清朝とイギリスの間で締結された『煙台条約』により宜昌は開港地に指定、翌年税関が設置され正式に開港している。

中華民国が成立すると1912年民国元年)に東湖県を宜昌県と改称、興山、秭帰、巴東、長陽、五峰、鶴峰県と共に荊南道の、当陽、遠安は襄南道の管轄となった。その後道制は廃止となり、1932年(民国21年)に行政督察区制度が施行されると第6、第9行政督察区が設置された。当該時期の行政区画変遷については湖北省 (中華民国)を参照。

中華人民共和国が成立すると、湖北省には8行政区が設置され、宜昌行政区専員公署が宜昌県宜都県枝江県当陽県遠安県興山県秭帰県長陽県五峰県の9県を管轄、同時に宜昌県城区及び近郊農区に宜昌市を新設している。1951年、宜昌行政区専員公署は宜昌区専員公署、1955年には宜昌専員公署と改称されている。文化大革命が始まると1968年1月に宜昌地区革命委員会が設置されたが、1978年8月に革命委員会は廃止となり宜昌地区行政公署が設置されている。

1992年3月、宜昌地区が廃止となり、地級市の宜昌市が成立した。

行政区画[編集]

歩道橋から臨む宜昌

下記の5区3市3県2自治県があり、総面積2.1万平方キロ、市区部の面積は4,249平方キロ。

宜昌市行政区划图
区划代码[1] 区划名称 汉语拼音 面积[2]
(平方公里)
政府驻地 邮政编码 行政区划[3]
街道 其中:
民族乡
居委会 村委会
420500 宜昌市 Yíchāng Shì 21227.00 西陵区 443000 20 65 22 1 260 1366
420502 西陵区 Xīlíng Qū 68.14 西陵街道 443000 6 1 69 8
420503 伍家崗区 Wǔjiāgǎng Qū 84.03 伍家岗街道 443000 4 1 37 16
420504 点軍区 Diǎnjūn Qū 533.23 点军街道 443000 1 2 2 7 45
420505 猇亭区 Xiāotíng Qū 130.40 古老背街道 443000 3 19 5
420506 夷陵区 Yílíng Qū 3416.57 小溪塔街道 443100 1 8 3 18 182
420525 遠安県 Yuǎn'ān Xiàn 1741.06 鸣凤镇 444200 6 1 15 102
420526 興山県 Xīngshān Xiàn 2315.36 古夫镇 443700 6 2 7 89
420527 秭歸県 Zǐguī Xiàn 2273.80 茅坪镇 443600 8 4 7 186
420528 長陽トゥチャ族自治県 Chángyáng Tǔjiāzú Zìzhìxiàn 3418.82 龙舟坪镇 443500 8 3 5 154
420529 五峰トゥチャ族自治県 Wǔfēng Tǔjiāzú Zìzhìxiàn 2370.41 渔洋关镇 443400 5 3 11 97
420581 宜都市 Yídū Shì 1354.83 陆城街道 443300 1 7 2 1 22 123
420582 当陽市 Dāngyáng Shì 2148.82 玉阳街道 444100 3 7 18 158
420583 枝江市 Zhījiāng Shì 1371.53 马家店街道 443200 1 8 16 198


年表[編集]

宜昌市(第1次)[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国湖北省宜昌市が発足。(1市)
  • 1951年3月 - 宜昌専区宜昌県の一部を編入。(1市)
  • 1952年11月30日 - 宜昌専区宜昌県の一部を編入。(1市)
  • 1954年11月19日 - 宜昌市が宜昌専区に編入。

宜昌専区(1949年-1959年)[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国湖北省宜昌専区が成立。宜昌県宜都県枝江県当陽県秭帰県長陽県遠安県興山県五峰県が発足。(9県)
  • 1951年3月 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(9県)
  • 1952年11月30日 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(9県)
  • 1953年9月19日 - 秭帰県の一部が宜昌県に編入。(9県)
  • 1954年11月19日 (1市9県)
    • 宜昌市を編入。宜昌市が県級市に降格。
    • 宜昌県の一部が宜都県に編入。
  • 1955年2月15日 - 枝江県が宜都県に編入。(1市8県)
  • 1958年9月 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(1市8県)
  • 1959年2月24日 - 宜昌専区が工業区に移行し、宜都工業区となる。

宜都工業区[編集]

  • 1960年11月17日 - 宜昌市の一部が宜昌県に編入。(1市8県)
  • 1961年4月24日 - 宜昌市・宜昌県・宜都県・当陽県・秭帰県・長陽県・遠安県・興山県・五峰県が宜昌専区に編入。

宜昌地区(1961年-1992年)[編集]

  • 1961年4月24日 - 宜都工業区宜昌市宜昌県宜都県当陽県秭帰県長陽県遠安県興山県五峰県を編入。宜昌専区が成立。(1市8県)
  • 1961年12月15日 - 宜昌県の一部が宜都県に編入。(1市8県)
  • 1962年10月20日 - 宜都県の一部が分立し、枝江県が発足。(1市9県)
  • 1968年1月16日 - 宜昌専区が宜昌地区に改称。(1市9県)
  • 1970年5月28日 (1市9県)
  • 1971年1月30日 (1市9県1林区)
    • 神農架林区を編入。
    • 宜昌県の一部が宜昌市に編入。
  • 1972年3月20日 - 神農架林区が省直轄県級行政区となる。(1市9県)
  • 1975年 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(1市9県)
  • 1979年6月21日 - 宜昌市が地級市の宜昌市に昇格。(9県)
  • 1979年12月19日 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(9県)
  • 1982年 - 宜昌県の一部が枝江県に編入。(9県)
  • 1984年2月9日 - 宜昌県の一部が宜昌市に編入。(9県)
  • 1984年7月13日 (7県2自治県)
  • 1987年11月30日 - 宜都県が市制施行し、枝城市となる。(1市6県2自治県)
  • 1988年10月22日 - 当陽県が市制施行し、当陽市となる。(2市5県2自治県)
  • 1992年7月6日 - 枝城市・当陽市・宜昌県・枝江県・興山県・遠安県・秭帰県・長陽トゥチャ族自治県・五峰トゥチャ族自治県が宜昌市に編入。

宜昌市(第2次)[編集]

  • 1979年6月21日 - 宜昌地区宜昌市が地級市の宜昌市に昇格。(1市)
  • 1979年12月19日 - 宜昌地区宜昌県の一部を編入。(1市)
  • 1984年2月9日 - 宜昌地区宜昌県の一部を編入。(1市)
  • 1986年12月13日 - 西陵区伍家崗区点軍区を設置。(3区)
  • 1992年7月6日 - 宜昌地区枝城市当陽市宜昌県枝江県興山県遠安県秭帰県長陽トゥチャ族自治県五峰トゥチャ族自治県を編入。(3区2市5県2自治県)
  • 1995年3月21日 - 枝江県の一部が分立し、猇亭区が発足。(4区2市5県2自治県)
  • 1996年7月30日 - 枝江県が市制施行し、枝江市となる。(4区3市4県2自治県)
  • 1998年6月11日 - 枝城市が宜都市に改称。(4区3市4県2自治県)
  • 2001年3月22日 (5区3市3県2自治県)
    • 宜昌県の一部が分立し、夷陵区が発足。
    • 宜昌県の残部が点軍区に編入。

経済[編集]

改革開放以来,宜昌の経済は急速に発展している。2004年の総生産は588億元。工業も発展してきており、水力発電、電子部品、化学工業、食品医薬、新型建材などの重点産業政策がある。外資の誘致も行われている。

交通[編集]

文化[編集]

宜昌はおよびの文化の発祥地とされる。また少数民族トゥチャ族の居住区でもあり、独自の文化を誇っている。

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 国家统计局统计用区划代码
  2. ^ 《宜昌市土地利用总体规划(2006-2020年)》
  3. ^ 《中国民政统计年鉴2011》