定平郡

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定平郡
位置
DPRK2006 Hamnam-Chonpyong.PNG
各種表記
ハングル 정평군
漢字 定平郡
発音 チョンピョン=グン
ローマ字転写 Chŏngp'yŏng kun
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定平郡(チョンピョンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道の南部に位置する郡。

地理[編集]

北に咸州郡、西に耀徳郡、南に金野郡と隣接している。東は日本海東朝鮮湾)に面する。

東南部の平野(定平平野)は咸興平野に連なるが、総じて山がちな地形である。北西側には狼林山脈が走っており、最高峰は白山(ペクサン/노란봉、1834m)である。ほかにノランボン(노란봉、1734m)、剣山嶺(コムサンリョン/검산령、1131m)がある。

歴史[編集]

古くは高句麗、ついで女真の領域であった。女真と高麗との間で争奪が行われ、983年には高麗によって千丁万戸府が置かれている。1041年には城郭と関門が築かれて定州防禦使が置かれ、元興・宣徳とともに北方辺境防衛の要衝となり、女真との境界となる千里長城の一部を構成した。その後モンゴル帝国の支配下に入るが、1356年恭愍王が高麗による支配を回復し、都護府を置いた。朝鮮王朝には咸鏡道に属するが、太宗は、平安道定州と区別するためにこの地を定平と改称した。1895年に定平郡となった。

1952年時点の定平郡は、5面216里から構成されていた。

1952年12月に行われた北朝鮮の行政区画再編により新上郡を分割、定平郡定平面・朱伊面・高山面、広徳面の一部、咸州郡の一部を併せた新たな定平郡(1邑27里)を構成した。

1974年1月には新上郡を廃止し、再び定平郡に統合した。

年表[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

外部リンク[編集]