浄土真宗親鸞会

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浄土真宗親鸞会(じょうどしんしゅうしんらんかい)は、1958年昭和33年)に発足した、浄土真宗系の新宗教の一つ。

浄土真宗本願寺派僧侶である高森顕徹が設立し2011年平成23年)5月現在も代表を務める。本部を富山県射水市(旧射水郡小杉町)に置く。関連会社として1万年堂出版がある。同会の会員数は約5万人[1]1980年昭和55年))とも約10万人[2]1997年平成9年))という報道がある一方、6000人[3]2009年平成21年))や7000人以下[4]2010年平成22年))という意見もある。

目次

[編集] 目的

「宗祖親鸞聖人の教えを広めることを唯一の目的として、親鸞覚如蓮如の文を根拠にして、それを忠実に解説する」という趣旨の法話会を各地で行っている。浄土真宗親鸞会では他の真宗宗派、とりわけ浄土真宗本願寺派(西本願寺)との教義上の差異を主張しており、親鸞会によれば本願寺の教えは善の勧めがない教えだと批判している。

[編集] 教義

[編集] 弥陀の本願について

親鸞 「如来世に興出したもう所以は唯弥陀の本願海を説かんとなり」(正信偈)
釈迦や親鸞が教えたのは「阿弥陀仏の本願」ただ一つであるとし、阿弥陀仏の本願を説く法話を聞くことを親鸞会では最重要視している。
特に本願文を「すべての人を絶対の幸福に救い摂る」ことと現代語で説明していることが大きな特徴である。
  • 十劫安心は異義であることの指摘(何もしなくても誰でも極楽に往生できるという考えは間違いであると説く)
蓮如 「この信心を獲得せずば、極楽には往生せず」(御文章2帖目2通)
  • 称名正因は異義であることの指摘(念仏さえ称えたら誰でも死んだら極楽という考えは間違いであると説く)
蓮如 「世間にいま流布して、むねと勧むるところの念仏と申すは、ただ何の分別もなく、南無阿弥陀仏とばかり称うれば、皆助かるべ きように思えり。それはおおきに覚束なきことなり。」(御文章3帖目5通)
  • 信心正因・称名報恩(信心が往生極楽の正しい因であり、念仏はそのお礼であると説く)
蓮如 「この信心を得たる人は、十人は十人ながら百人は百人ながら『今度の往生は一定なり』と心得べきものなり。(乃至)そのありがたさのあまり念仏を申して、弥陀如来のわれらを助けたまう御恩を報じたてまつるべきなり。」(御文章1帖目10通)
広く知られる「誰でも念仏さえ称えれば救われる」という教えは誤っているとして、今生において「他力信心」を獲ることが重要であり、念仏は救われた御恩に報いるお礼として称えるものであると説く。
他力信心を獲ることを信心決定(しんじんけつじょう)とも信心獲得(しんじんぎゃくとく)とも言う。

[編集] 信心決定したらどうなるか

  • 信心決定・信心獲得(浄土真宗の正しい信心が定まったこと・弥陀から正しい信心を頂いたこと)
蓮如 「一向一心になりて信心決定の上に、仏恩報尽の為に念仏申すこころは、おおきに格別なり。かるがゆえに、身の置きどころもなく、おどり上がるほどに思うあいだ、よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり。」(御文章1帖目1通)
蓮如の御文章では信心決定・信心獲得が多数出てくる。信心決定・信心獲得すれば、必ずその自覚がある。はっきりとした自覚がなければ、まだ信心決定・信心獲得していないと説明する。
蓮如 「ただ一念帰命の他力の信心を決定せしむる時は、さらに男女・老若をえらばざるものなり。されば、この信を獲たる位を『経』には『即ち往生を得て不退転に住す』と説き、『釈』には『一念に発起し正定之聚に入る』とも言えり。是れ即ち不来迎の談・平生業成の義なり。」(御文章1帖目2通)
信心決定・信心獲得すれば、正定聚になる。正定聚とは、いつ死んでも極楽に往生することが正しく定まった人々のことである。この身になったことを親鸞は「無碍の一道」・「摂取不捨の利益」(歎異抄)と述べており、「無碍の一道」・「摂取不捨の利益」を「絶対の幸福」と解説している。
  • 平生業成(平生に往生の業事が成弁すること)
蓮如 「親鸞聖人の一流においては、平生業成の儀にして」(御文章1帖目4通)
平生とは生きているこの世のこと。往生の業事とは後生の一大事を解決していつ死んでも極楽に往生することが正しく定まること。成弁とは完成することと説明する。生きている時、阿弥陀仏に助けられるということ。
  • 現当二益(弥陀の本願の救いは平生は正定聚となり、死後は極楽往生するということで、2度ある)
親鸞 「信心の定まると申すは、摂取に与る時にて候なり。その後は正定聚の位にて、まことに浄土へ生るるまでは候べし」(末灯鈔)
阿弥陀仏の本願は現在世(この世)と未来世(死後)の2度の救いがあると説く。この世で正定聚となり無碍の一道・摂取不捨の利益に生かされ、死後は極楽に往って仏に生まれると教える。
  • 真実の自己
親鸞 「一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心なし、虚仮諂偽にして真実の心なし。」(教行信証)
法律や倫理・道徳を基準にすれば、この世には善人と悪人がいるが、どんな小さな悪も見逃さない仏の眼から見れば、すべての人は罪悪深重の極悪人である。そのため後生(死後)は一大事だと説く。
  • 後生の一大事(必堕無間)
親鸞 「この逆(五逆罪)を犯す者は、身やぶれ命終えて、必定して無間地獄に堕し」(教行信証)
仏教を求める目的は、後生の一大事(死ねば必ず無間地獄へ堕ちるという一大事)の解決一つと教えている。平生に信心決定した人は極楽に往生するが、信心決定していない人は無間地獄に堕ちると説く。これを「一切衆生、必堕無間」と親鸞会では教えられているが、経典にこのような言葉はない。[5]
親鸞 「生死の苦海ほとりなし 久しく沈めるわれらをば 弥陀弘誓の船のみぞ 乗せてかならずわたしける」(高僧和讃)
全ての人にとって最も大事なことが人生の目的であり、人生の目的は後生の一大事を解決して無碍の一道・摂取不捨の利益・絶対の幸福に生かされることだと説く。

[編集] 信心決定するまで

蓮如 「まことに宿善開発の機は自ら信を決定すべし」(御文章3帖目12通)
信心決定・信心獲得するには宿善が大切であると説き、真剣な聴聞・朝夕の勤行・諸善の実践が宿善になると、大いに勧められている。また、信心決定・信心獲得のことを宿善開発(しゅくぜんかいほつ)とも言う。
  • 真剣な聴聞の勧め
親鸞 「たとい大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきくひとは ながく不退にかなうなり」(浄土和讃)
信心決定・信心獲得するには真剣な聴聞が最も大事だと説く。親鸞の正しい教えを聞くため、善知識から教えを聞くことが強く勧められる。
高森顕徹の御法話には少なくとも数千人が参詣する、アメリカやブラジル、韓国、台湾から数百人が参詣することもある(2010年平成22年)現在)。
座談会はインターネット回線により発信され、海外でもリアルタイムで聴聞し質問することが出来る(2011年平成23年)現在)。
仏教を正しく説く先生を善知識と仏教で言われる。
浄土真宗の歴史上では親鸞・覚如・蓮如が善知識であるとし、現代では会長の高森顕徹を「唯一無二の善知識」と位置づけていたが、最近はそれが明文化されることはない。
  • 親鸞学徒
親鸞会の会員は自称を「会員」とは呼ばず「親鸞学徒」と称する。
親鸞の言葉「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法を、われも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」を元に、「我ら親鸞学徒は、更に珍らしき法をも弘めず。親鸞聖人のみ教えを、我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」を「親鸞学徒常訓」として、親鸞の教えに忠実であり、親鸞会独自の考えや思想は全くないという立場を主張している。
  • 善の勧め
親鸞 「諸善万行ことごとく 至心発願せるゆえに 往生浄土の方便の 善とならぬはなかりけり」(浄土和讃)
人間のする善は雑毒の善ではあるが、宿善になるため、大いに求めるべきだと説く。
「弥陀に救い摂られるには、雑行を投げ捨てよ」とする親鸞、蓮如の言葉の解釈をめぐり、東西本願寺をはじめとする真宗諸派の教学解釈と異なる部分があり、異端と見なす人もある。
親鸞会は「過去世に仏縁薄き者、宿善浅きものは、現世に於て宿善は求められねばならない。でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。」[6]と説くが、浄土真宗本願寺派の灘本愛慈は「当流では他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」[7]と親鸞会の主張に反論している。

[編集] 阿弥陀仏について

  • 本師本仏(阿弥陀仏がすべての仏の師匠であり根本の仏であること)
釈迦 「阿弥陀仏の光明は(乃至)諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、光明の中の最明無極なり」(大阿弥陀経)
蓮如 「ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、(乃至)この如来を一筋にたのみたてまつらずば、末代の凡夫、極楽に往生する道、二も三も、有るべからざるものなり。」(御文章2帖目8通)
釈迦 「其の名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん」(大無量寿経)
蓮如 「他流には『名号よりは絵像、絵像よりは木像』というなり。当流には『木像よりは絵像、絵像よりは名号』というなり」(御一代記聞書)
親鸞親筆の「南無阿弥陀仏」の名号本尊である。寺院で広く見られる木像本尊や絵像は一切用いていない。
阿弥陀仏の本願成就文の「聞其名号」を根拠とし、特に親鸞が生涯名号を本尊としたこと、蓮如の「当流には木像よりは絵像、絵像よりは名号」の言葉に従うものと説明している。この件について本願寺派の山田行雄は「ただ明確にいえることは、宗祖が安置された礼拝の対象としての本尊は名号本尊であり、門弟に下附された本尊も現存の資料からでは、やはり名号本尊であったことは確かである」と述べている。[8]
また親鸞会では本尊は会から「貸与」されるもので、おろそかに扱われることを防ぐため会員が亡くなった時や退会の際は会に返却しなければならない。
  • 一向専念無量寿仏(無量寿仏(阿弥陀仏の別名)に一つに向き専ら念ずること)
蓮如 「あながちに我が流を一向宗となのることは別して祖師も定められず。おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。」(御文章1帖目15通)

[編集] 布教

日本全国や日本国外で積極的な布教活動を展開して、その会員はあらゆる年齢層・地域・職業に広がっており、伝統教団の苦手とする若年層の会員の獲得にも成功している。しかし、大学での勧誘は会の名前を隠し宗教であることも名乗らないため大学や日本脱カルト協会への相談が絶えず、摂理や統一教会と並んで問題にされている。また、関連会社であるチューリップ企画が製作した親鸞のアニメビデオを訪問販売する活動があった。

[編集] 布施

親鸞会で会費は、本人の希望によって、12通りから選ぶことができる。いつでも変更は自由である。行事の際は名札を着け、会費を多く払っている者から順番に座る。財施は、新しい会館の建設、会館にかかげる絵画などの際に必要に応じて呼びかけられる。

[編集] マスメディアからの批判

[編集] 豊田商事事件とのかかわり

1987年昭和62年)4月に週刊現代が『豊田商事から大量献金うけていた謎の教団の正体』という記事を掲載し、豊田商事の永野一男会長(当時)から多額の献金が親鸞会に流れていたと報道した。これに対して親鸞会は「まったくのデッチ上げのケッ作」[9]であるとしたが、この事実は法廷の場でも明らかにされ、豊田商事破産後に親鸞会は豊田商事関係の献金から1億3000万円を破産管財人に返還している[10]

[編集] 正体を隠した勧誘・布教活動

1999年平成11年)に別冊宝島『「救い」の正体』や月刊現代『若者を魅きつけるラディカル宗教「終末論」』、また2001年平成13年)には新潮45『シリーズ:現代のカルト第三回』で、哲学サークルなどを装う大学での正体を隠した勧誘の実態が報じられた。他にも活動に熱中するあまり学業をおろそかにするといった相談が後を経たず[11]、各地の大学[12]日本脱カルト協会全国霊感商法対策弁護士連絡会といった団体から問題視されている。

[編集] 会員との契約書

2010年平成22年)に週刊ダイヤモンド『親鸞会"悪魔の3大契約書"』で、一部の信者に関連病院である真生会富山病院に対し「自分の全財産を贈与する」という契約を結ばせていると報じられた。他にも職員に「時間外の作業は自主的なお布施であって時間外手当の対象ではない」という「確認書」へのサインを求めたり、法座の講師を担当する「講師部」に対して「退会時には会に1000万円を支払う」とする誓約書へのサインを求めた事が明らかにされている。このときは反発した会員が会合の録音をYouTubeにアップしているが[13]、後日親鸞会によって「著作権侵害」で削除されている。

[編集] 歴史

  • 1952年昭和27年) - 高森顕徹を会長とし、68名の会員を集めて「徹信会」を発足。
  • 1957年昭和32年) - 富山県高岡市前田町に徹信会館(24畳)を建設。
  • 1958年昭和33年) - 宗教法人格を取得し、浄土真宗親鸞会と改称。
  • 1974年昭和49年) - 高岡市芳野へ本部を移転(100畳)。
  • 1979年昭和54年) - 浄土真宗本願寺派の紅楳英顕が論文「現代における異義の研究 ─高森親鸞会の主張とその問題点」を発表。親鸞会はこれに反発し、再三にわたり質問状を送り、本願寺派に対する批判キャンペーンが展開される。
  • 1984年昭和59年) - 上記に関し、紅楳側が誠意を持って答えていないとして、親鸞会会員約1500人が西本願寺御影堂に座り込み抗議を行う。
  • 1988年昭和63年) - 富山市に隣接する射水郡小杉町に本部を移転。本部会館(520畳)となり、支部は全国及び南米・北米・台湾韓国に及ぶ。
  • 1992年平成4年) - 既存の本部会館の収容能力不足から、隣接地に顕真会館を建設。
  • 2004年平成16年) - 参詣者で溢れるため、本部会館の隣接地に2,000畳の講堂を持つ正本堂を建設。

[編集] 浄土真宗親鸞会を取り上げたメディア

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 「親鸞会は(乃至)会員約五万人」読売新聞 1980年5月28日
  2. ^ 「現在の会員数は約10万人で」小沢浩「新宗教の風土」
  3. ^ 消費者法ニュース2009年1月号
  4. ^ 週刊ダイヤモンド2010年11月13日号
  5. ^ 「経典に釈尊は、「一切衆生、必堕無間」とこれを説かれています。これは、総ての人間は必ず無間地獄へ堕ちて苦しむということです。」高森『こんなことが知りたい1』1969年
  6. ^ 高森顕徹『本願寺なぜ答えぬ』親鸞会1984年
  7. ^ 現代の教学問題・派外からの論議について1982年
  8. ^ 「真宗の本尊について」伝道院紀要19号1977年
  9. ^ 顕正新聞62年5月15日号
  10. ^ 判例時報 1321号『豊田商事詐欺被告事件第一審判決』
  11. ^ NHK文化センターへの要請 (PDF)
  12. ^ 岡山大学学生相談室だより 2011年4月臨時特集号 (PDF) 岡山大学
  13. ^ 講師がデタラメ釈明を連発=NHK文化センターはカルト宗教の草刈り場?(3) http://www.pjnews.net/news/533/20090903_13

[編集] 外部リンク

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