完乗
完乗(かんじょう)とは、ある交通機関が営業する路線にすべて乗車・搭乗すること。「完全乗車」の略。「(路線図・地図の)塗り潰し」になぞらえて乗り潰し(のりつぶし)ともいう。路線ごとにまたは一定の地域を対象として使うこともある。
交通需要は、ほとんどが通勤、出張、観光などの本来の目的を達成するための派生的需要である。完乗のための交通機関の利用は、それ自体が目的の本源的需要であり、交通サービスにおけるきわめて特殊な需要形態といえる。
一般には鉄道での完全乗車を指し、旧日本国有鉄道・ JR路線の完全乗車、または私鉄・公営鉄道の事業者毎での路線完全乗車、さらに広くは日本の鉄道全路線の完全乗車を指す。
普通鉄道としては日本最短の芝山鉄道は、東成田-芝山千代田の1駅間、2.2キロ、4分の乗車で完乗となる。これは極めて容易な完乗の例であるが、鉄道趣味者の間では、JRの全鉄道路線、私鉄の全鉄道路線、もしくは日本の全鉄道路線を完乗することが、その難易度の高さも相まって[1]、鉄道趣味の一ジャンルとして認知されている。
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[編集] 国鉄・JR線の完乗
鉄道趣味について記録した古い著作物の一つである石野哲の「時刻表名探偵」(JTB、1979)によれば、知られている限りの最初の国鉄完乗者は、1959年8月29日に富内線振内駅(当時の富内線終着駅)到着で達成した後藤宗隆であり、その後1978年8月までに32名が完乗したと記録されている[2]。
国鉄完乗が脚光を浴びたのは、1978年7月に出版された宮脇俊三の処女作である旅行記『時刻表2万キロ』がきっかけで、これに触発された末期の国鉄が1980年から行ったいい旅チャレンジ20,000kmキャンペーン以降、大量の完乗者が輩出された。以後は鉄道趣味ジャンルの一つ「乗り鉄」(乗車趣味)の究極形態として、趣味者間で広く定着している。
また、2003年10月19日に横浜市の会社員杉原巨久が、日本の全路線の完乗と共に、JR・私鉄の全駅下車を成し遂げた。全駅下車は完乗の発展形とも言え、「降り潰し」と表現されたこともある。
同年11月3日には俳優の関口知宏が列島縦断 鉄道乗りつくしの旅〜JR20000km全線走破〜というテレビ番組でJR路線全線の完乗を果たし、この趣味は国鉄による1980年のキャンペーン以来、久々に一般メディアで取り上げられることになった。
[編集] 完乗の定義
完全乗車の定義は一義的なものではない。完乗を目指す場合に定義に迷う事柄として以下のようなものが挙げられる。
- 複線区間の上下線が大きく離れている場所を通る場合は(例:北陸本線新疋田駅-敦賀駅間)片方のみの通過で可とするか?
- 季節営業路線を含めるか?(例:上越線(上越新幹線)越後湯沢駅-ガーラ湯沢駅間、嵯峨野観光鉄道)
- 線路の戸籍が重複している場合は(例:名古屋駅-金山駅間、東海道本線・中央本線の二重戸籍区間)片方のみの通過で可とするか?
- 既存線の別線線増扱い区間を(例:東武押上駅-曳舟駅間は業平橋駅-曳舟駅間の線増扱い)片方のみの通過で可とするか?
また、「昼間(窓から外が見える)時間帯に限定する」「各駅停車乗車に限定する」等々のルールを各個人が設けていることもある。 もちろん、正解があるわけではなく、完乗の定義はそれぞれの良識に任されている。
[編集] 完乗後の扱い
完乗達成者にとって、厄介な問題として、「その後の扱い」がある。新線開業がない限り完乗の状態が続くことになるが、新たに路線が開業すると、完乗達成者が完乗の状態を維持しようとするなら、その路線にも乗車しなければならなくなる。
これとは逆に、完乗を達成していない者が、未乗線区の廃線によって自動的に完乗となることがある。
[編集] 完訪
完乗とは、その路線(鉄道・バス・航路など)を主体としてとらえた見方であり、駅、空港、市町村などを主体とした場合は完訪(完全訪問)と表現する。
(例)「定期旅客便就航の全空港を完訪した」「日本の全市町村を完訪した」等のように表現する。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ ただし、旧国鉄・ JR路線では赤字ローカル線の多くが第3セクター鉄道へ転換あるいは廃止されたことによって、かつての、宮脇俊三が完乗した頃や、いい旅チャレンジ20,000kmキャンペーンの開始時ほどの困難さはなくなった。
- ^ 後藤自身によれば、当時同様な記録達成の目論見を抱いていた者は複数存在した模様であったが、1950年代の日本ではローカル線を中心に国鉄新路線の建設が未だ盛んであり、日本各地での散発的な新線開通で乗り残しをフォローすることが容易でなかった。後藤は、(1959年当時)本州方面からは容易に訪れにくい北海道にあり、直前の1958年に延伸されたばかりで未踏破の者が多く、出し抜きやすいであろう、という考えから、富内線を完乗達成地に選んだ。石野の文献によれば、実際には第2の国鉄完乗者が出たのは1962年であった。
[編集] 外部リンク
- 乗りつぶしオンライン - 全国のJR、私鉄路線における完乗達成度を算出するシステム。