安藤亮司

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安藤 亮司(あんどう りょうじ、1976年11月8日 - )は、日本俳優タレント

大阪府八尾市出身。大阪府立清水谷高等学校近畿大学文芸学部卒業。左利きテレビドラマ、『バスストップ』で箸を持つ手が左)。血液型はB型。身長170cm、体重58kg。趣味は、スノーボード・サッカー・ゴルフ。特技は水泳(ジュニアオリンピック出場経験あり)。

目次

[編集] 略歴

子供の頃から志村けんに憧れていた。大学3年生の時点で卒業に必要な単位をすべて取得し、4年生の時に上京。かつて志村けんがいた芸能事務所渡辺プロダクション(現・ワタナベエンターテインメント)に所属が決まる。後の『ごきげんよう』出演の際に、渡辺プロダクションに直接電話をし、「タレントになりたいけどどうすればいいか」という旨を伝えたところ「履歴書を送って欲しい」と事務的な返答をされるが、実際にそうして面接(オーディション)を受けることができた、と語っている。当初は俳優・タレント等の方向性が定まらず、同じ事務所の大隈いちろうと「真っ赤なロードスター」というユニットを本人達の意思と関係なく組まされたりもしていた。

俳優としては2000年に映画『GO-CON!』で主演デビュー。その後もテレビドラマ、舞台等の仕事を増やしていく。2001年から『ココリコミラクルタイプ』にレギュラー出演するなど、バラエティ番組でも活躍。『踊る!さんま御殿』内でもっと俳優の仕事がしたいが所属がお笑い班なので難しい、と心情を告白したこともあるが、つかこうへいの元で舞台出演や4年間『はみだし刑事情熱系』の若手刑事役を演じるなど俳優としても数々の仕事をこなしている。

2005年から所属事務所の携帯サイト内企画「MEMBERS ONLY」のリーダーとして動画配信、日記の公開などで羞恥心野久保直樹D-BOYS所属の和田正人らと活動。同年10月から『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』に野久保、和田と共にレギュラー出演するが、2006年初めに一旦すべての芸能活動を休止。

一年間の休業を経て2007年2月にアメーバブログ内でブログを再開させ、3月に劇団「亜細亜象演劇卸売市場」の舞台『Oh! Hospes』で俳優業に復帰、その後も劇団の客演を中心に活動。また自身も脚本などを手掛ける。

2009年3月に上映された『オンナゴコロ』で4年振りに映画出演。舞台挨拶の司会も務め、2010年紀伊國屋ホールで公演された『ROCK'N JAM MUSICAL Ⅲ』などのミュージカルに出演するなど多方面に活躍の場を伸ばしている。

[編集] 出演

[編集] 映画

  • GO-CON! JAPANESE LOVE CULTURE(2000年)
  • 東京(2005年)
  • オンナゴコロ(2009年)

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] 舞台

  • 飛龍伝(2003年12月 青山劇場、演出:つかこうへい
  • OUT OF ORDER 笑うな!(2004年8月 青山劇場)
  • 崔版 女殺油地獄(2004年12月 シアターアプル、演出:崔洋一
  • 寒満月の、割れる程(2004年9月 大塚萬スタジオ、※主演)
  • 夢の小箱にリボンをかけて(2005年4月 表参道FAB)
  • プリーズ★ミー(2005年8月 表参道FAB、※「MEMBERS ONLY」としてゲスト出演)
  • NOW LOADING(2005年11月 千本桜ホール)
  • ザ・福袋 àla carte vol.1(2006年1月 シアターVアカサカ)
  • OH! Hospes(2007年3月 新宿シアターモリエール)
  • 夜逃げ前(2007年7月 新宿シアターモリエール)
  • みんなの目の黒いうちは(2008年4月 下北沢OFFOFFシアター)
  • ヒーローはまだか?(2008年7月 中野・ザ・ポケット)
  • 今日は私のリサイクル(2009年8月 下北沢OFFOFFシアター)
  • 近づく星の光うるわし(2009年12月 王子小劇場)
  • なんて素敵な奇跡じゃないか(2010年6月 テアトロ・ド・ソーニョ)
  • ROCK'N JAM MUSICAL Ⅲ(2010年6月-7月 紀伊國屋ホール
  • 世界でいちばんあつい壁(2010年11月 下北沢OFFOFFシアター)
  • LADY,be…(2011年5月 新宿スペース107)

[編集] CM

[編集] インターネット

  • ハルキwebシネマ 「食事会」(2005年)

[編集] 外部リンク

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