安茂里

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
日本 > 中部地方 > 長野県 > 長野市 > 安茂里

安茂里(あもり)は、長野県長野市の市街地西郊外に広がる地域。

  1. 【最狭義】大字安茂里の範囲。
  2. 【狭義】1.に宮沖・伊勢宮一〜二丁目・安茂里小市一〜四丁目・差出南一〜三丁目を加えた範囲。1882年明治15年)末時点の上水内郡安茂里村域に相当。本項で解説
  3. 【広義】2.に大字平柴・大字小柴見・平柴台を加えた範囲。1889年(明治22年)4月時点の上水内郡安茂里村域に相当。長野市役所安茂里支所管内の範囲。

地域内(長野市役所安茂里支所管内)の人口は、9,069世帯 23,083人(平成21年1月1日現在)[1]。これは大字平柴・大字小柴見・平柴台も含む値である。

目次

[編集] 概要

地域東端を裾花川、南端を犀川が流れ、北には富士ノ塔山(981m)がそびえる。地域南部に信越本線長野新幹線国道19号が通過する。周囲は以下の大字・町と接する。

面積は広大だが、北寄りの大半の部分は山林であり、住宅などは南部の国道19号沿道〜犀川・裾花川の間に密集している。

裾花川を隔てて長野市街地の西側に接しており、ベッドタウンとして戦後人口が急増。杏花台・宮沖・園沖・伊勢宮・犀北などの団地が造成され、1985年昭和60年)には信越本線に安茂里駅が新設された。

松代藩の奨励で栽培が始まったの栽培が古くから盛んである。現在では千曲市あんずの里(森・倉科地区)が杏の名所として有名であるが、以前は当地が森・倉科をしのぐ名所として名が通っており、善光寺の参拝客が花見に大勢立ち寄った。しかし戦後ベッドタウンとして住宅地化していくに伴って杏の木は減り、「あんずの名所」は森・倉科へ移っていった。ただ現在でも杏の生産は続いており、大字安茂里には杏にちなんで「杏花台」と名付けられた住宅地がある。

工業は、地域東部では裾花川沿いの差出地区に味噌メーカー最大手のマルコメ本社・工場や農協系の長野興農本社・工場など大規模な食品工場が立地するほか、印刷所も多い。地域西部では安茂里小市地区などに陸運業の事業所や機械製造工場などが立地する。

地名の由来は、1876年明治9年)に前身4ヶ村が合併し安茂里村が発足する際に、古語「天降る(あもる)」にちなんで「安らけく茂る里」の意で字を当てて命名された瑞祥地名[2]

[編集] 沿革

旧安茂里村の歴史
  • 江戸時代 - 前身の小柴見村窪寺村(久保寺村)・小市村松代藩領、平柴村善光寺領であった
  • 1763年宝暦13年) - 【この年まで】松代藩は小市村に毎年馬市を開かせていた
  • 1874年明治7年)6月 - 水内郡平柴村・小柴見村・久保寺村・小市村の4ヶ村連合で、窪寺村の正覚院内に罄宜学校(けいぎがっこう=現 長野市立安茂里小学校)を開校
  • 1876年(明治9年)5月30日 - 水内郡平柴村・小柴見村・久保寺村・小市村が合併し、水内郡安茂里村となる
  • 1877年(明治10年) - 安茂里村小市の称名寺内に罄宜学校小市支校(のち安茂里小学校小市分校を経て現 長野市立松ヶ丘小学校)が開校
  • 1879年(明治12年) - 郡区町村編制法施行。水内郡が上水内郡下水内郡に分割され、上水内郡安茂里村となる
  • 1879年(明治12年)12月 - 上水内郡安茂里村から平柴村が再び独立
  • 1882年(明治15年)10月20日 - 上水内郡安茂里村から小柴見村が再び独立
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 上水内郡安茂里村、同郡平柴村・小柴見村を再び編入
  • 1954年昭和29年)4月1日 - 上水内郡安茂里村、同郡朝陽村・古里村・柳原村・若槻村・浅川村・長沼村・小田切村・芋井村・大豆島村とともに長野市に編入(第1次昭和の大合併)。1882年(明治15年)時点の安茂里村域は大字安茂里、旧平柴村域は大字平柴、旧小柴見村域は大字小柴見となる
長野市安茂里の歴史

[編集] 安茂里(大字)

安茂里(あもり)は、長野市街地の西郊外にある地区(大字)。郵便番号は、行政区の指定がない場合380-0941

地区の南部を信越本線長野新幹線国道19号が東西に通る。信越本線には安茂里駅が置かれている。周囲は以下の大字・町と接する。

地区北側の大半は山林であり、その南寄りにはアンズなどの果樹園が広がる。山裾と犀川との間のわずかな平地には住宅が密集しており、犀北団地をはじめとした団地が整備されている。

[編集] 行政区

地区内の行政区郵便番号人口及び世帯数は以下の通り。

行政区名 郵便番号 人口・世帯数
杏花台(きょうかだい) 380-0945 374世帯 954人
小路(こうじ) 380-0956 175世帯 440人
犀北団地(さいほくだんち) 380-0954 672世帯 1,892人
犀北第二団地(さいほくだいにだんち) 380-0953 177世帯 413人
差出北(さしで きた) 380-0943 1,293世帯 3,042人
差出中(さしで なか)
米村(こめむら) 380-0944
大門(だいもん) 380-0957 530世帯1,358人
西河原(にしがわら) 380-0955 468世帯1,097人

[編集] 交通

[編集] 鉄道

安茂里駅(安茂里西河原)

安茂里西河原に、JR東日本安茂里駅があり、以下の路線が利用できる。

[編集] 路線バス

地区内の国道19号を走る、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

また犀北団地内では、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

  • 川中島バス

[編集] 周辺

[編集] 安茂里小市

安茂里小市一・二・三・四丁目(あもりこいち-)は、安茂里地域南西部の地区。郵便番号380-0961

東西方向に長い地区で、地区の北寄りを国道19号が東西に通り、南東端を信越本線が通る。北側は山林であり、南端を犀川が流れる。周囲は以下の大字・町と接する。

犀川の谷口に位置する。この地は、1611年慶長16年)に丹波島の渡し北国街道の犀川渡河として定められるまで、小市の渡しとして市村の渡し(現在の長野赤十字病院付近)とともに北国の交通を担ってきた重要な渡し(舟渡し)であった。現在渡しの付近には長野県道405号川中島停車場線小市橋が架かっている。

地名の由来は諸説あるが、市村の渡しがあった市村(現 若里)に対して「小市」と名付けられたといわれている[2]

地区内の人口及び世帯数は以下の通り(平成21年1月1日現在)[1]

  人口 世帯数
安茂里小市一丁目 458世帯 1,288人
安茂里小市二丁目 388世帯 1,112人
安茂里小市三丁目 826世帯 2,337人
安茂里小市四丁目 331世帯 750人
2,003世帯 5,487人

[編集] 交通

[編集] 路線バス

地区内の国道19号を走る、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

[編集] 周辺

[編集] 安茂里小市二丁目

[編集] 安茂里小市三丁目

  • 長野中央警察署小市警察官駐在所
  • 長野県営住宅小市南団地
  • 園沖団地
  • 無常院南泉寺 - 善光寺七院の一つ。信濃三十三番観世音十二番札所

[編集] 安茂里小市四丁目

  • 長野市営住宅小市団地

[編集] 伊勢宮

伊勢宮一・二丁目・大字安茂里伊勢宮(いせみや)は、安茂里地域南東部の地区。郵便番号380-0958

地区の北端を信越本線が通り、南端を犀川が流れる。周囲は以下の大字・町と接する。

地区のほぼ全域が住宅地である。

地名は、地区内にあった(現 伊勢宮神社=伊勢宮一丁目)に由来する。

地区内の人口及び世帯数は以下の通り(平成21年1月1日現在)[1]

  人口 世帯数
伊勢宮一丁目 489世帯 1,230人
伊勢宮二丁目 434世帯 1,103人
大字安茂里(伊勢宮) 57世帯 170人
980世帯 2,503人

[編集] 交通

[編集] 路線バス

地区内を走る、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

  • 川中島バス

[編集] 周辺

[編集] 伊勢宮一丁目

  • 長野県住宅供給公社伊勢宮団地(伊勢宮一丁目)

[編集] 伊勢宮二丁目

  • 西友伊勢宮店(伊勢宮二丁目)

[編集] 差出南

差出南一・二・三丁目(さしでみなみ-)は、安茂里地域南東部の地区。郵便番号380-0948

東端を裾花川、南端を犀川が流れる。裾花川の対岸(中御所)とは、長安橋と裾花あやとり橋で結ばれている。周囲は以下の大字・町と接する。

地区内の人口及び世帯数は以下の通り(平成21年1月1日現在)[1]

  人口 世帯数
差出南一丁目 147世帯 421人
差出南二丁目 417世帯 1,048人
差出南三丁目 120世帯 308人
684世帯 1,777人

[編集] 交通

[編集] 路線バス

地区内を走る、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

  • 川中島バス

[編集] 周辺

[編集] 差出南一丁目

[編集] 差出南二丁目

[編集] 差出南三丁目

[編集] 宮沖

宮沖(みやおき)は、安茂里地域南東部の地区。郵便番号380-0952

周囲は以下の大字・町と接する。

安茂里駅の南に広がる住宅地である。

地区内の人口及び世帯数は、626世帯 1,536人(平成21年1月1日現在)[1]

[編集] 交通

地区内を走る、川中島バスの以下の路線系統が利用できる。

  • 川中島バス

また安茂里駅の南口に面しており、同駅から篠ノ井線しなの鉄道線も利用できる。

[編集] 周辺

  • 長野県住宅供給公社宮沖団地
  • 長野市立安茂里保育園

[編集] 出身著名人

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e 長野市町別人口及び世帯数 - 長野市企画政策部企画課
  2. ^ a b 『角川日本地名大辞典 20 長野県』角川書店、1990年 (ISBN 4040012003

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス