安宿王

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安宿王(あすかべおう/あすかべのおおきみ、生没年不詳)は、奈良時代貴族天武天皇の後裔で、左大臣長屋王の五男。もと皇族であったが臣籍降下氏姓高階真人官位正四位下内匠頭

経歴[編集]

天平元年(729年)の長屋王の変により父・長屋王は妻子とともに自殺したが、母が藤原不比等の娘(藤原長娥子)であったことから安宿王は同母弟の黄文王山背王とともに罪を免れた。

天平9年(737年)に従五位下に初叙され、同年10月に従四位下に越階昇叙。翌天平10年(738年玄蕃頭、天平18年(746年治部卿天平勝宝元年(749年中務大輔、天平勝宝6年(754年)内匠頭と京師の諸官を歴任する一方、播磨讃岐守と地方官も歴任した。この間、天平12年(740年従四位上、天平勝宝3年(751年正四位下に昇叙。また、天平勝宝6年(754年)には鑑真を迎えるための勅使に任じられている。

天平宝字元年(757年)に橘奈良麻呂の乱が発生した際に関与を疑われ、このとき安宿王は「黄文王の仲介で謀議に加わったが、事情を知らず欺かれた」旨の証言をするも嫌疑は晴れず、妻子とともにし佐渡流罪となる。その後許され、宝亀4年(773年高階真人姓を賜与された。

万葉集』に歌が2首収録され、特に4452の歌は、宮城道雄作曲「秋の庭」(1936年(昭和11年))の歌詞として採用されている。

  • 印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし(万葉集20-4301)
  • 官女らが玉裳裾曳くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ(万葉集20-4452)

系譜[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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