安八町
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安八町(あんぱちちょう)は、岐阜県の南西部、濃尾平野北西部に位置する町。肥沃な田園地帯で県内有数の穀倉地帯であると同時にいくつかの大企業が事業所を構える工業都市でもある。気候は通年温暖ではあるが伊吹山の影響により冬には伊吹おろしという強い西風が吹く。
目次 |
[編集] 地理
濃尾平野の北西部に位置し、木曽三川と呼ばれる大河のうち揖斐川、長良川に挟まれた縦に細長い町である。土地は低湿地で古来は河川が網目状に流れており水害が多かった。そのため堤防で集落の周囲を囲む輪中が発達し、また家屋敷を平地より土を高く盛ったところに建てたり、家屋の天井に船を吊るす「上舟(あげぶね)」や敷地の一部を小高く盛りその上に水害の避難所として「水屋」という小屋を構えるなどの輪中に適応した生活様式が確立された。2006年3月に東隣の墨俣町が大垣市に編入合併したため、大垣市に東西から挟まれる形となった。
[編集] 歴史
- 1929年(昭和4年) 犀川事件(長良川沿いの犀川の改修をめぐる流血事件、役場を占拠する騒ぎとなる。)
- 1955年(昭和30年) 名森、結、牧の3村が合併し安八村となる。
- 1960年(昭和35年)4月1日 町制施行、安八町となる。なお安八町の名は安八郡からとったものである。
- 1976年(昭和51年)9月12日 台風17号による豪雨で長良川が決壊、安八・墨俣両町にまたがる大水害となる。(9.12水害)
- 2004年(平成16年) 「西濃圏域合併協議会」から離脱。
[編集] 人口
| 安八町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 安八町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は安八町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
[編集] 経済
[編集] 産業
- 主な産業 農業(米、野菜、酪農、養鶏)、工業(コンピューター関連製品、乳製品、化学製品)
- 事業所を構える主な企業 三洋電機、帝人デュポンフィルム、グリコ乳業、岐阜日野自動車、住友化学、旭金属工業(航空機部品製造)
- 産業人口 総数:8,165人
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
その他
- 織田信長サミット -織田信長との関係が深い日本の市町および関係を大切にしている市町の集まり。
- 一豊公&千代様サミット - 山内一豊とその妻である千代とゆかりの深い市町村による集まり。2005年より参加している。
[編集] 海外
[編集] 地域
[編集] 健康
- 平均年齢 40.1歳(国勢調査より)
[編集] 教育
[編集] 公共施設
[編集] 交通
- 交通手段としては町内には幹線道路が整備されている、鉄道を利用する場合は新幹線岐阜羽島駅、名鉄新羽島駅、大垣駅、穂積駅が最寄となる(ただし、町の北端を東海道本線と樽見鉄道がかすめている)。元々両側を河川に挟まれている特性上交通の便があまりよくなく、1960年代までは橋もなく渡し舟を用いて交通していたこともあった。ただし昭和のはじめからこの頃まで、大垣と岐阜や羽島とを結ぶ鉄道計画が存在したこともある(養老鉄道養老線を参照)。
- 安八町には名神高速道路が通っているものの、ICはなく現在は実質使用されていないバス停があるのみとなっている。企業誘致を有利に進めるため2007年11月1日に「スマートインターチェンジ建設促進特別委員会」を設立した。5年以内を目標に、同町中地区にスマートIC(本線直結型)を設置する予定。
[編集] 道路
[編集] バス
※2007年9月30日まで岐阜バスも運行されていたが、岐垣線は2007年10月1日より名阪近鉄バスへ譲渡、南濃線は廃止により完全撤退した。
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・特産品
いずれも、安八温泉で販売している。
[編集] 出身有名人
[編集] その他
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