宇文乞得亀

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宇文 乞得亀呉音:うぶん こちとくき、漢音:うぶん きつとくき、拼音: Yǔwén Qǐdeguī、生没年不詳)は、匈奴鮮卑宇文部の大人(たいじん:部族長)。父は宇文遜昵延、兄に宇文悉跋堆がいる。

生涯[編集]

慕容に敗北し、失意のうちに遜昵延が死ぬと、子の乞得亀が後を継いで大人となった。後趙石勒の要請で慕容を攻めるが、慕容は子の慕容を派遣してこれを防いだ。

代国の恵帝(拓跋賀)の3年(323年)、今度は慕容から宇文部に攻め入り、裴嶷を右部都督、索頭を率い右翼とし、慕容の少子の慕容仁に命じ柏林で左翼とさせた。乞得亀は砦に立てこもって戦わず、兄の悉跋堆を派遣して慕容仁を柏林で襲うが、悉跋堆は慕容仁に斬られてしまう。慕容はまた乞得亀を攻撃して勝ち、乞得亀は単騎で逃げ、その衆は皆捕虜となった。慕容は勝ちに乗じて、宇文部の国城を占領した。

のちに、宇文別部の逸豆帰が乞得亀を殺して後を継いだ。

参考文献[編集]

  • 魏書』(列伝第九十一)
  • 晋書』(慕容戴記)
  • 北史』(列伝第八十六)

関連項目[編集]

先代:
宇文遜昵延
宇文部の大人
? - 333年頃
次代:
宇文逸豆帰