宇奈岐日女神社
| 宇奈岐日女神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 大分県由布市湯布院町川上2220 |
| 位置 | 北緯33度15分24.74秒 東経131度21分56.16秒 |
| 主祭神 | 国常立尊、国狭槌尊、彦火火出見尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊、神倭磐余彦尊、神渟名川耳尊 |
| 社格等 | 式内小社、旧県社 |
| 創建 | 伝・景行天皇12年 |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 別名 | 六所宮、木綿神社 |
| 例祭 | 9月22日 |
宇奈岐日女神社(うなぐひめじんじゃ、うなきひめじんじゃ)は、大分県由布市湯布院町川上にある神社。『延喜式神名帳』にある「宇奈岐日女神社」に比定される式内小社で、旧社格は県社。由布院盆地の南部に位置する。
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[編集] 祭神
祭神は国常立尊、国狭槌尊、彦火火出見尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊、神倭磐余彦尊、神渟名川耳尊の6柱でこのため六所宮とも呼ばれる。また、木綿神社の通称もある。
神社の名称となっている宇奈岐日女の名は祭神の中にはない。宇奈岐日女はかつて湖であった湯布院を盆地に変えた女神であると伝えられている。「うなぐ」とは高貴の巫女がうなじに飾った勾玉の飾り物の意味で宇奈岐日女は 豊後風土記に登場する当時この地を統治した速津媛(祈祷師)で景行天皇の寵愛を受けたこの媛の愛称と考えられる。 また、鰻の化身とも言われ「うなぎ」と読んだ人たちが「鰻の神社?」と農耕神と飛語し自然に呼び広めたもののようだ。 神社は「慶長元年の大地震で椿山は崩壊、馬場邑・八川邑<※八川村はなく、外宮司の八川性から八川邑と呼ばれていたの口伝あり> 一瞬に埋没。」の記録がある。(消えた島瓜生島・その他湯布院誌各種より)現在より由布岳よりに神社祠はあったようです。 代々の宮司は立川家(立川家の歴史より)が残されてもいる。
[編集] 歴史
社伝によれば、創祀は景行天皇12年10月であるとされる。嘉祥2年(849年)に従五位下、元慶7年(883年)に正五位下に叙された。
江戸時代までは佛山寺と習合していたが、神仏分離により現在の姿となり、明治6年(1873年)郷社、大正12年(1923年)県社に列せられた。
[編集] 社殿・境内
本殿は朱塗の流造。
境内は1万坪を超え、杉の古木に囲まれていたが平成3年(1991年)の台風で数多く倒壊、または折れたので切り倒された。 境外の末社として、天然記念物の大杉を有する大杵社(おおごしゃ)がある。