子宮移植

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子宮移植(しきゅういしょく)は、子宮生体または死体から移植することである。先天性の子宮欠損や病気・事故等により子宮を失った女性が、自ら妊娠出産できるようにすることを目的とする。

概要[編集]

子宮移植手術に要する手術時間は6時間ほどで、施術12ヶ月後を経過した後に、体外受精の手続きを開始することが可能で、妊娠中の母親は合併症予防のために免疫抑制剤を服用する必要がある[1]。子宮移植手術を受けた女性は2回まで妊娠を希望でき、2回目を過ぎると免疫抑制剤の服用を中止するために子宮摘出手術を受ける[1]

子宮移植を受けるにはいくつか制限があり、イギリスの子宮移植支援団体「Womb Tranplant UK」によれば、38歳以下であること、子宮移植を受ける女性と関係が長期に及ぶパートナーが存在すること、健康体重を維持していること、などを施術条件としている[1]

歴史[編集]

2000年サウジアラビアで世界初の生体子宮移植手術が行われた[2]。26歳の女性に対し血縁関係にない[3]閉経後の46歳の女性から子宮の提供を受け移植、移植後2度の生理が確認されたが施術後99日目に子宮内に血栓が発生し[4]、失敗した[5]

2007年1月15日にはアメリカでもニューヨーク・ダウンタウン病院英語版(New York Downtown Hospital) で2007年度後半に実施を計画していたことが判明し、物議を醸した[2]。この計画は「病気や事故で子宮を失ったが子どもを望む女性に、脳死体などから子宮を移植する手術」を目的として計画され[2]拒絶反応の問題から出産後の摘出を目標としており、成功し[6]

2011年8月にトルコアクデニズ大学英語版病院で先天性子宮欠損症の女性(卵巣は存在し卵子の生産能力を有する)への死体からの子宮移植に成功した[7]。この女性は2013年4月、体外受精したにより妊娠に成功した[8]

2012年にはスウェーデンヨーテボリ大学において2組、いずれも母から娘への生体子宮移植に成功した[9]。同研究チームは、引き続き8組の生体子宮移植を予定している。その目的はあくまで子宮を欠く出産適齢の女性への支援であり、出産可能年齢を超えた女性を助けるためではないと強調している。 2014年1月には、同グループは、生体間での子宮移植を9組行ったと発表し、一時的な拒絶反応や感染が見られた例もあったが、経過は順調で全員が数日内に退院し、子宮の状態も良好としている。[10]

2014年9月、子宮移植手術を受けた36歳の女性が、世界で初めてとなる出産に成功した。出産した子供は男児で、早産気味ではあるものの、母子ともに健康であると報じられた[11]

2016年9月、ブラジルサンパウロ大学病院でマイヤー・ロキタンスキー・キュスター・ハウザー症候群を患っていた32歳の女性に、45歳で脳出血(くも膜下出血)で亡くなった女性脳死体からの子宮移植手術を実施した。移植された女性の卵巣に問題は無かったため、夫の精子により体外受精で受精卵は凍結保存された。約6週間後、月経が始まり、さらに7カ月後、医師団は受精卵を子宮に着床させた。10日後に妊娠が確認され、2017年12月15日、35週および3日で帝王切開により無事出産された。キングス・カレッジ・ロンドンのアンドリュー・シェナン教授は子宮にもかかわらず、移植の前におよそ8時間無酸素の状態にあり通常のおよそ4倍の時間、機能維持したことを特筆している。[12][13][14][15]

日本での研究[編集]

日本でも筑波大学で動物実験による基礎検討研究が行われている[16]ほか、2009年2月には東京大学形成外科三原研究チームの「小児血液癌患者・卵巣凍結に関する研究」第26回ワークショップにて、ブタの子宮移植の実験結果報告が公開され、子宮移植手術自体は可能であると結論づけた[17][18]

2010年に東京大学や慶應義塾などの研究チームが行ったカニクイザルでの自家子宮移植実験では、実験に使われた2匹中1匹が手術に成功した。1匹は移植の翌日死亡したが、1匹は移植後すでに2回月経があり、子宮が機能していることが確認されている[19]。 東京大学形成外科三原研究チームより、2011年11月に新しい子宮移植方法に関し[20]、2012年8月に霊長類を用いた自家子宮移植後の世界初の自然妊娠・出産が海外医学誌に発表され[21]、子宮移植の基礎研究が大幅に進んだ。2013年5月には、日本産科婦人科学会学術講演会にて慶應大学産婦人科木須伊織助教らがカニクイザルでの自家移植後の妊娠出産を発表し、世界で初めて霊長類での子宮移植後の妊娠出産に成功したことを報告した。[22]また、2014年3月には子宮移植を研究している慶応大・京大・東大らのチームが、倫理的課題などを議論するために研究会を設立し、国内で臨床応用を進める上での留意点をまとめた指針案を公表した。[23][24][25]2014年8月には、慶応大や京都大などのグループが、国内での移植実施に向け、子宮提供者の自発的な意思決定や安全を確保し、生まれた子の福祉に配慮するとした指針(案)をまとめた。[26] また、2018年5月に慶應大学産婦人科木須伊織らの研究グループが、霊長類動物において免疫抑制剤を使用しながら子宮移植を行い、世界で初めて霊長類動物における子宮同種移植後の妊娠に成功したことを報告した[27]

動物実験[編集]

2002年8月22日スウェーデンイエーテボリ大学でマウスの子宮移植・妊娠に成功し、イギリスの「内分泌学誌」8月号[28]に発表した[29]。子宮移植の成功例は初の事例で[29]、グループは「2、3年後には人への臨床応用へ進みたい」と語った[29]

2006年上海交通大学で行われたラットでの同種異系子宮移植実験では、同種異系子宮移植群で拒否反応が発生し日ごとに悪化したが、同系子宮移植群では拒否反応の徴候がないことを示した[30]

また、同じく2006年に中華顕微外科雑誌に掲載されたビーグル犬を使った実験では実験に使われた8匹中6匹が手術に成功、6匹のうち2匹が腹腔内出血および失血により死亡したが、生存した4匹は血栓がないことが確認された。このうち2匹が328日間生存し、残り2匹は長期的に生存、移植7カ月後に自然妊娠と自然分娩を行った。この実験の結果、ビーグル犬の自体子宮卵巣移植の動物モデルは可能であり、生存子宮は自分で妊娠や分娩することができ、ヒト子宮移植に関連的な実験証拠を提供できると結論づけた[31]

脚注・参考文献[編集]

  1. ^ a b c 世界で4人の出産に成功した「子宮移植」、英国でも10件を承認”. WIRED (2015年10月5日). 2015年10月6日閲覧。
  2. ^ a b c “米国初の子宮移植実施へ 専門家からは異論も”. 共同通信. (2007年1月16日). https://web.archive.org/web/20090707203926/http://www.47news.jp/CN/200701/CN2007011601000096.html 2009年6月30日閲覧。 
  3. ^ 世界初、母から娘への子宮移植手術 来年実施へ スウェーデン AFPBB 2011年06月15日
  4. ^ “20代の女性へ子宮移植・サウジで世界初”. 日経新聞. (2002年3月7日) 
  5. ^ 増満浩志 (2007年1月16日). “米で初の子宮移植計画…米紙報道”. 読売新聞. https://web.archive.org/web/20080427153524/http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070116ik0a.htm 2009年6月30日閲覧。 
  6. ^ Downtown Hospital Residents Recognized by the American Society for Reproductive Medicine”. New York Downtown Hospital. 2009年6月30日閲覧。
  7. ^ Safak Timur (2011年10月03). “トルコで子宮の死体移植に成功、世界初”. AFPBB. https://www.afpbb.com/articles/-/2832379?pid=7857631 2013年4月27日閲覧。 
  8. ^ “世界初の子宮移植女性が妊娠、トルコ”. AFPBB. (2013年4月13日). https://www.afpbb.com/articles/-/2938526?pid=10576152 2013年4月27日閲覧。 
  9. ^ Pia Ohlin (2012年9月19日). “スウェーデンで母から娘への子宮移植手術に成功、世界初”. AFPBB. https://www.afpbb.com/articles/-/2901955?pid=9540746 2013年4月27日閲覧。 
  10. ^ “出産目的で9人に子宮移植 スウェーデン、親族ら提供”. 産経新聞. (2014年1月14日). https://web.archive.org/web/20140114050431/http://sankei.jp.msn.com/world/news/140114/erp14011408200002-n1.htm 
  11. ^ “子宮移植:手術受けたスウェーデンの36歳女性が出産”. 毎日新聞. 共同. (2014年10月4日). http://mainichi.jp/select/news/20141004k0000e030167000c.html 2014年10月4日閲覧。 
  12. ^ “World's first baby born via womb transplant from dead donor” (英語). Reuters. (2018年12月4日). 2018-12-5. https://www.reuters.com/article/us-health-womb-transplant-idUSKBN1O32WS 2018-12-05T05:26:55Z閲覧。 
  13. ^ First baby born to woman with uterus transplanted from deceased donor”. CNN (2018年12月5日). 2018年12月5日閲覧。
  14. ^ Gallagher, James (2018年12月5日). “First baby born after deceased womb transplant” (英語). BBC News. https://www.bbc.com/news/health-46438396 2018-12-05T05:13:24Z閲覧。 
  15. ^ 遺体から移植の子宮で初の赤ちゃん誕生”. BBC Japan. 2018年12月5日閲覧。
  16. ^ 岡本一、西田正人・ほか「動物実験による子宮移植の基礎的検討」『日本産科婦人科學會雜誌』第52巻第2号、日本産科婦人科学会、2000年2月1日、435(S-359)、NAID 1100021752322009年6月30日閲覧 
  17. ^ 三原誠 (2009年3月20日). “第26回ワークショップ(3月3日開催)のまとめ”. 東京大学. 2009年7月6日閲覧。
  18. ^ Halim Ahmad Sukari、中川毅史・三原誠・ほか「女性器癌患者における卵巣凍結と妊孕性再建研究 : コラボレーション: 再建外科*移植外科」『Academic Collaborations for Sick Children』第1巻第1号、日本学術連携医学会、2009年、20-23頁、NAID 130000248692 
  19. ^ 大岩ゆり (2010年7月28日). “子宮移植、サルで成功 人への応用視野 東大・慶大など”. 朝日新聞. http://www.asahi.com/science/update/0728/TKY201007280464.html 2010年9月13日閲覧。 
  20. ^ Makoto Mihara; Iori Kisu; Hisako Hara; et.la. (2011-11). “Uterus autotransplantation in cynomolgus macaques: intraoperative evaluation of uterine blood flow using indocyanine green.”. Hum Reprod 26 (11): 3019-3027. doi:10.1093/humrep/der276. ISSN 0268-1161. OCLC 758656510. 
  21. ^ M Mihara; I Kisu; H Hara; et.la.. “Uterine autotransplantation in cynomolgus macaques: the first case of pregnancy and delivery.”. Hum Reprod. 27 (8): 2332-2340. doi:10.1093/humrep/des169. ISSN 0268-1161. OCLC 800763764. 
  22. ^ “子宮移植のサルが出産 霊長類初 人に応用 倫理的課題も”. 中日新聞. (2013年5月10日). http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20130510060730370 
  23. ^ “子宮移植の指針案公表 慶大などのチーム”. 日経. 共同. (2014年3月15日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1502E_V10C14A3CR8000/ 
  24. ^ http://apital.asahi.com/article/iryou/2014043000004.html
  25. ^ 鈴木あづさ (2014年7月18日). “子宮移植、まずは倫理指針…研究会で課題検討”. 読売新聞. http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=101696 
  26. ^ “子宮移植の指針策定 慶大など「提供者の安全を確保」”. 日経. 共同. (2014年8月17日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG1700R_X10C14A8CR8000/ 
  27. ^ 日本テレビ. “サルからサルに子宮移植し妊娠 慶大が成功|日テレNEWS24” (日本語). 日テレNEWS24. https://news.ntv.co.jp/category/society/392919 2018年9月15日閲覧。 
  28. ^ Racho El-Akouri R 2002.
  29. ^ a b c “マウスの子宮移植・妊娠に成功 人への臨床応用に道”. 朝日新聞. (2002年8月22日) 
  30. ^ 上海交通大学学報 医学版 (2006年). “ラットでの同種異系子宮移植におけるサイトカインの発現”. 科学技術振興機構. 2009年6月30日閲覧。
  31. ^ SHEN Yunほか (2006年). “Beagle犬の自体子宮卵巣移植の動物モデルの樹立”. 中華顕微外科雑誌. 2009年6月30日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]