姫街道

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姫街道(ひめかいどう)とは、江戸時代以前の徒歩時代における、主要街道の別ルートの一部に対する呼び名。

概要[編集]

本街道に峠道・川越えなどの難所、厳しい関所などの面倒があった場合に、それらを避けるための別ルートが選ばれる場合があった。また、本街道と比べると人通りが少なく、犯罪に巻き込まれる可能性が少ない・警備が楽、といった事情もあった模様である。女性旅行者がこれらの理由から選ぶ道というイメージがあったことから、それらの別ルートが「姫街道」「女街道」と呼ばれることがあった。

規模はさまざまであり、特定の難所だけを大回りして迂回する小規模なものから、大きく別ルートを取るケース、さらには(東海道と比べて距離は長いが安全で難所が少ないとされていた)中山道全体を呼んだような大規模なものまであった。寺社の参道で勾配がきつい坂を「男坂」、大回りするが勾配がゆるやかな坂を「女坂」と呼んだ事例も多く見られるが、それと同様の発想による命名であるとも言える。

代表的な姫街道[編集]

  • 中山道の別名。数箇所の険しい峠道はあったものの、東海道のような長期にわたる川止めがないことがメリットであった。また、嫁入りに際しては縁起の良い地名が多いことも影響した。幕末には、京都から江戸の徳川家に和宮が嫁いだが、その嫁入り行列も中山道を使っている。

関連項目[編集]