奴隷海岸

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奴隷海岸の地図

奴隷海岸(どれいかいがん、Slave Coast)は今日のトーゴベナン、およびナイジェリア西部の海岸地帯のヨーロッパ勢による呼称。ベニン湾に沿った西アフリカ大西洋岸である。16世紀初頭のポルトガルの到来から19世紀初頭の奴隷貿易の公式廃止まで、大西洋岸の全域から多くの黒人奴隷が、大西洋奴隷貿易英語版で売られ、西欧新世界(南北アメリカ大陸)へ運ばれる奴隷貿易船に乗せられた。他の黄金海岸及び象牙海岸胡椒海岸と並び「主要産品」に因んでそう呼ばれた。

奴隷商人は現地の黒人の部族に旧式の武器などを渡し、他の部族を襲わせ、武器の対価として奴隷を獲得した(三角貿易)。その数は1000万人とも2000万人とも言われており、大多数が働き盛りの男性だったことから、アフリカの人的・経済的・文化的な損失となり、現在までの貧困の原因の一つとされている。

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