奥田みわ
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| 奥田美和子 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 奥田美和子 |
| 出生 | 1982年2月13日(30歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 学歴 | 米子北高等学校中退 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP ロック |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 2000年 - 2001年 2003年 - 2008年 2008年 - |
| レーベル | Sony Records(2000年) DefSTAR RECORDS(2000年 - 2001年) BMG JAPAN(2003年 - 2008年) Cocoon/rookiestar label(2009年) |
| 事務所 | 研音(2000年 - 2006年) 音倉レコード(2009年) |
| 共同作業者 | 大江千里(2000年) 柳美里(2003年 - 2005年) 菊地英昭(2008年) |
| 公式サイト | http://okudamiwa.jp/ |
奥田みわ(おくだ みわ、1982年2月13日 - )は、日本の歌手。本名および旧名は奥田美和子(おくだ みわこ)。鳥取県米子市出身。米子北高等学校中退。血液型はAB型、。身長156.5cm。[1] 左利き。
目次 |
[編集] 人物
- 幼稚園の頃より歌手を志すようになる[2]。幼い頃は自己顕示欲が強い一方で他人とコミュニケーションを取ることが得意ではなかったという。
- 趣味は、格闘技観戦、カラオケ、運動。
- 好きな食べ物は、焼肉、チーズ系、梅系、海藻物、噛みごたえのある物。
- 嫌いな食べ物は、噛みごたえのない物に興味がない、辛い物が苦手。
- 好きな色は青。
- 子供の頃なりたかった職業は、歌手、獣医さん、学校の先生、ムツゴロウさん。 作文で、ムツゴロウさんみたいになり、地元、大山に王国を作りたいと書いた。[3]
- フェイバリットアーティストに矢野真紀、CORE OF SOUL、徳永英明等を挙げている。
- 歌手の、同じく米子市出身の熊谷尚武(元KUMACHI)、同じ山陰地区出身で、同学年にあたり、同じく研音に所属していた星村麻衣(奥田は鳥取県米子市出身、星村は島根県松江市出身)、同い年であり(同じ1982年2月生まれ)、同じく研音およびDefSTAR RECORDSに所属していた鈴木ゆき(元YeLLOW Generation)、同じく研音に所属していた月の203号室、傳田真央・清貴、俳優の、同じく研音に所属していた蓼沼千晶・岩下貴子、石川伸一郎・音楽プロデューサーの戸倉弘智等とは親交がある。
- 同じく、鳥取県米子市出身の歌手、大黒美和子(旧芸名・大黒裕貴、黒木梨花)とは、同い年という事もあり(ただし、奥田の方が、早生まれのため、一学年上)また、本名が同じ美和子ということもあり、上京前から、共に良き友良きライバルとして、歌手を目指していた。上京して十年以上となる現在も、食事やカラオケに行く仲。
- ちなみに、奥田は大黒を「みわちゃん」と呼び、大黒は奥田を「みわこちゃん」と呼び、現在の芸名とは逆である。
- 好きな言葉「ありがとう」
- 尊敬する人は家族。
- ブラコン会(ブラザーコンプレックス会)を、Responseのドラム、みづほ(筒井みづほ)と組んでいる。ちなみに、お互い弟がいる。>2011年6月5日付Twitterにて本人発言。ブラジャーコンパクト、本人曰く「ある部分大変乏しい会」はただのギャグであるのにもかかわらず、Wikiに書かれ某事務所からのクレーム問題に。</ref>
[編集] 略歴
- 同年にシングル2枚を発売(10月1日にはDefSTAR RECORDSより2作の再発売盤が発表される)した後、自分の歌う意味を見出せなくなり[4]、2001年に入りすぐに歌手活動を休業し、レーベルとの契約を解消する。
- 休業中の2002年、芥川賞作家の柳美里が原作の小説『命』を読んで感銘を受け、柳本人へ手紙を送る[5]。熱意に打たれた柳が作詞とビジュアルをプロデュースすることにより、再び活動を再開する。
- 2003年にBMG JAPAN(現在のAriola Japan)に移籍し、11月5日に3枚目のシングル「青空の果て」を発売。TBS系ドラマ『ヤンキー母校に帰る』主題歌に起用され、15万枚のヒットとなる。
- 2004年3月5日には、ニッポン放送『柳美里と奥田美和子のオールナイトニッポン』へ柳美里との共演で出演する。
- 2005年5月25日に発売した6枚目のシングル「雨と夢のあとに」をきっかけに、テレビ朝日系『ミュージックステーション』のYoung Gunsコーナー出演や、ドラマ『雨と夢のあとに』第7話に自身役で出演(ライブを披露)するなど、多くのメディアへ出演するようになる。
- その後、アーティスト名を現在の奥田みわ名義に改名。brainchild'sのフィーチャリングボーカルとして、2008年12月3日にシングル「Buster」を発表し、音楽活動を再開する。
- 2009年には音倉レコードのバックアップの下で、改名後初の単独作品となるDVD付シングル「君の手」を発売。
- 2011年2月23日、自身初のベストアルバム、『GOLDEN☆BEST 奥田美和子』を発売。GOLDEN☆BESTシリーズの1つであるが、選曲には奥田自身が携わり、公式サイト[6]やブログ[7]にて告知を行うなど、非公認(所謂、レコード会社による企画盤)ではなく公式ベストアルバムとして発表される[8]。
- 2012年1月、奥田美和子に改名。
[編集] 柳美里との関係
- 奥田と柳の交流は、奥田が2001年にDefSTAR RECORDSとの契約を解消し、音楽活動を休止していた最中、2002年に柳原作の小説『命』を読んで感銘を受けたところから始まる[5]。
- 当初は、奥田の当時の所属事務所であった研音側が、小説『命』四部作を担当していた小学館のスタッフを通して柳にプロデュース企画の依頼を出していた[2][9]。しかし、当時柳は子育てをしながら朝日新聞紙上で『8月の果て』を執筆しており、現状が精一杯であったために企画に目を通すことなく断ったという[2]。その後、奥田が柳のもとへ自分のこれまでの経歴と歌への思いを綴った手紙を送ったことから、柳は手紙の内容に心を動かされ、プロデュースを決意する。柳はプロデュースを決意するにあたり、「(手紙の内容を読んで)互いの喪失感が似ていると思った」ということが動機であるとし、「私は書くしかないし、奥田美和子は唄うしかない」とコメントしている[10]。
- 2人が初めて対面したのは2002年7月22日、横浜ランドマークスタジオにてである[11]。そこで奥田はカバー曲数曲を披露してみせたという[2]。
- 柳は、楽曲制作を全て詞先(歌詞を先に書き、後に曲をつける手法)で行った。作詞の工程としては、まず奥田が自分で片付けられなかった過去を柳宛ての手紙またはメールで送り、次にそこから柳が感じたイメージを「奥田さんへの返信[12]」として歌詞にするというものであった[4][5]。
- 特に、楽曲「はばたいて鳥は消える」は、これまでに奥田が送った実体験が書かれた手紙の全てが凝縮されたものだと奥田自身は語っている[5]。
- 柳はこの方針を貫き、奥田に対する主観的なイメージを持たないように、あくまで客観視した捉え方でプロデュースを行うために、あえてプライベートでは会わないようにしたという[2]。
[編集] 音楽性
- 大江千里プロデュースの下で発表した楽曲はいずれも叙情的なポップス主体のものであった(デビュー曲「しずく」では曲中にラップも取り入れている)が、柳美里プロデュース以降の作品ではバンドサウンドを取り入れたロック主体のものや、ピアノやストリングスを起用したバラードを多く発表した。作曲にはRie、イズミカワソラ、marhyなどが携わることが多い。
- 奥田自身はデビューから柳プロデュース時までは楽曲制作に直接携わることはなかったが、2006年発表の「love you」においてmarhyとの作詞共作を行って以降、自らも作詞に携わるようになる。
- ビジュアル面では、2003年発表の「青空の果て」から2004年発表の「夢」まで、露出を避けたプロモーション活動を行った。当時はアーティスト写真は前髪で表情を隠し、PVでは表情が分からないように撮影された。
- 「夢」以降はジャケット写真やPV出演において徐々に明らかにして行ったが、テレビやライブ出演等で前面的にビジュアルを押し出して行ったのは2005年発表の「雨と夢のあとに」からである。
- これに関しては、自らの歌唱と柳の歌詞を重視した結果ビジュアル面が後退して行った[13]旨を語っており、「自分が表に出るよりは、まず自分の歌を聴いてもらいたいという思いがあった」とも語っている[13]。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] 奥田美和子名義
[編集] シングル
| 枚 | 発売日 | タイトル | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| 1st | 2000年2月2日 | しずく | DFCZ-1015 |
| 2nd | 2000年6月21日 | tsu-ki | DFCZ-1021 |
| 3rd | 2003年11月5日 | 青空の果て | BVCR-19612 |
| 4th | 2004年3月3日 | 歌う理由/はばたいて鳥は消える | BVCR-19619 |
| 5th | 2004年9月22日 | 夢 | BVCR-19634 |
| 6th | 2005年5月25日 | 雨と夢のあとに | BVCR-19646 |
| 7th | 2005年9月7日 | ぼくが生きていたこと | BVCR-19657 |
| 8th | 2006年8月30日 | BORN | BVCR-19978 |
| 9th | 2012年2月8日 | 人生に乾杯を!/FOR YOU… | CRCN-1593 |
[編集] アルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル |
|---|---|---|
| 1st | 2005年6月22日 | 二人 |
| 2nd | 2006年9月6日 | 君を想う |
| ベスト | 2011年2月23日 | GOLDEN☆BEST 奥田美和子 |
[編集] 奥田みわ名義
[編集] シングル
| 枚 | 発売日 | タイトル |
|---|---|---|
| 1st | 2009年2月25日 | 君の手 |
| コンピレーション | 2009年7月7日 | COCOON EP (CD+DVD)
|
[編集] 参加作品
- brainchild's「Buster」(2008年12月3日)
- フィーチャリングボーカル参加
[編集] タイアップ
| 曲名 | タイアップ |
| しずく | フジテレビ系アニメ『GTO』エンディングテーマ |
| tsu-ki | TBS系『CDTV』2000年6月度エンディングテーマ |
| 青空の果て | TBS系ドラマ『ヤンキー母校に帰る』主題歌 |
| 夢 | 全国東宝系公開ホラー映画『感染』主題歌 |
| 雨と夢のあとに | テレビ朝日系ドラマ『雨と夢のあとに』主題歌 |
| 演劇集団キャラメルボックス2006サマーツアー『雨と夢のあとに』主題歌 | |
| ぼくが生きていたこと | ワイズポリシー配給映画『殴者』主題歌 |
| BORN | WOWOW開局15周年記念アニメ『シュヴァリエ』オープニングテーマ |
| love you | テレビ東京系『いきなり結婚生活』エンディングテーマ |
[編集] 関連項目
[編集] 出典・脚注
- ^ 2011年6月28日付Twitterにて本人発言。
- ^ a b c d e 柳美里. “友人リンク集 奥田美和子”. La Valse de Miri. 2008年10月6日閲覧。
- ^ a b 2011年6月12日付Twitterにて本人発言。
- ^ a b Yahoo!オークション (2005年7月8日). “奥田美和子さんインタビュー Vol.1”. Guitar Labo. 2008年10月6日閲覧。
- ^ a b c d “奥田美和子インタビュー”. La Valse de Miri. 2008年10月6日閲覧。
- ^ 奥田みわ OFFICIAL WEB SITE、2011年2月12日閲覧。
- ^ GOLDEN☆BEST 奥田美和子、「GOLDEN☆BEST 奥田美和子」収録曲、いずれもameba公式ブログより。2011年2月12日閲覧。
- ^ なお、作品はSony Music Directより発売される。Sony RecordsおよびDefSTAR RECORDS所属時に発表した楽曲とBMG JAPAN所属時に発表した楽曲が収録されているが、2009年にBMG JAPANがAriola JapanとしてSony Musicに統合され、楽曲の版権が全てSony Music側にあるためである。
- ^ 平賀哲雄. “『奥田美和子』SPECIAL INTERVIEW”. hotexpress music magazine. 2008年10月6日閲覧。
- ^ テレビ朝日系『ミュージックステーション』2005年5月27日放送回VTRコメントより。
- ^ アルバム『二人』ブックレット記載柳美里のコメントより。
- ^ シングル「青空の果て」帯記載柳美里のコメントより。
- ^ a b Yahoo!オークション (2005年7月22日). “奥田美和子さんインタビュー Vol.2”. Guitar Labo. 2009年4月23日閲覧。
[編集] 外部リンク
- 奥田みわ オフィシャルサイト
- 奥田美和子オフィシャルブログ Powered by Ameba:(2012年1月-)
- 奥田みわ オフィシャルブログ(-2012年1月)
- 奥田みわ (okuda_miwako) - Twitter
- Girl's Only Label :: Cocoon
- rookiestar labelによるアーティストページ
- brainchild's オフィシャルサイト
- アリオラジャパンによるアーティストページ(更新終了)
- DefSTAR RECORDSによるアーティストページ(更新終了)
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