奥村善久

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奥村 善久(おくむら よしひさ、1926年7月2日[1] - )は、日本の工学者電波の伝播の研究に取り組み、電波が伝わる環境を独自に分類した経験則である「奥村モデル(奥村カーブ)」(或いは、奥村カーブを式に表した「秦モデル」と併せて「奥村-秦モデル」)の構築で知られる。石川県金沢市生まれ。

経歴[編集]

1947年旧制金沢工業専門学校(現在の金沢大学理工学域電子情報学類)卒業。

通商産業省勤務を経て、1950年日本電信電話公社入社。在職中の1961年‐75年に、自動車移動局を搭載し、基地局から半径100キロの圏内を走行しながら送受信する実験などを通じて、距離や地形による電波の伝播伝送の変化を研究。その結果、通話量の多い市街地などは基地局からの半径を小さく、郊外では大きくして電波の密度を変える通信エリア設定など、現代の携帯通信の基となるシステムも構築した。1970年には電電公社の移動無線通信室長に就任する。1975年には東芝日野工場に移り、新移動体通信システム・機器の開発に従事する。1979年金沢工業大学工学部教授に就任。2000年に退職し、現在、金沢工業大学名誉教授

2005年、瑞宝双光章を受章[2]

2013年、工学分野のノーベル賞とも呼ばれるチャールズ ・スターク・ドレイパー賞を、日本人で初めて受賞する[3]

脚注[編集]

外部リンク[編集]