太谷県

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中華人民共和国 山西省 太谷県
孔祥熙旧居(孔家大院)
孔祥熙旧居(孔家大院)
簡体字 太谷
繁体字 太谷
拼音 Tàigǔ
カタカナ転記 タイグー
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
山西
地級市 晋中市
行政級別
建置 漢代
改称 598年
面積
総面積 1,033.6 km²
人口
総人口(2004) 29 万人
経済
電話番号 0349
郵便番号 030800
行政区画代碼 140726
公式ウェブサイト http://www.taigu.gov.cn/
城西街

太谷県(たいこく-けん)は中華人民共和国山西省晋中市に位置する

太原盆地の東南にあり、東部および南部は険しい山地になっている。西北に向かうほど地勢は平坦になる。

歴史[編集]

春秋時代には陽邑と称されていた。前漢により設置された陽邑県を前身とする。南北朝時代448年太平真君9年)、北魏により廃止されたが、501年景明2年)に再設置されている。598年開皇18年)、隋朝により太谷県と改称され現在に至っている。

太谷は、西南の汾河沿いにある祁県、そのさらに西南にある平遥県同様、清代には山西商人(晋商)の本拠地として発展した。清末には金融業で多くの商人が成功し、清朝における金融の中心地となった。当時は「金太谷、銀祁県、銅平遥」とも称えられたが、辛亥革命後は債権の回収に失敗したため多くが没落した。

経済・教育・名所[編集]

現在の太谷の主産業は農業である。鉄道では同蒲線が県内を通過している。特産品に太谷餅が。

教育[編集]

太谷出身の孔祥熙が創建した銘賢学堂を前身とする山西農業大学があるほか、太谷師範学校などの教育機関も設置されている。

観光[編集]

県城の南西部には西晋の時代に創建された無辺寺があり、山西省の重点文物保護単位になっている。寺には宋代に白塔が建立されたことより別名を白塔寺とも称される。その他光化寺などの仏教寺院、曹家大院など晋商の大邸宅、孔祥熙故居などの名所がある。

行政区画[編集]

  • 鎮:明星鎮、胡村鎮、范村鎮
  • 郷:侯城郷、北汪郷、水秀郷、陽邑郷、小白郷、任村郷
中国地名の変遷
建置 漢代
使用状況 太谷県
春秋 陽邑
前漢 陽邑県
後漢 陽邑県
三国 陽邑県
西晋 陽邑県
東晋十六国 陽邑県
南北朝 太谷県
太谷県
太谷県
五代 太谷県
北宋/ 太谷県
南宋/ 太谷県
太谷県
太谷県
太谷県
中華民国 太谷県
現代 太谷県