大韓航空機墜落事故
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大韓航空機墜落事故(だいかんこうくうきついらくじこ)とは韓国(大韓民国)の航空会社である大韓航空(コリアン・エア)の航空事故の総称である。なお、一部テロや軍用機の攻撃による事件も掲載している。
[編集] 航空事故
- 1971年1月23日、大韓航空フォッカー・フレンドシップ(機体記号HL5212)。江陵からソウル金浦空港に向かっていた乗員乗客60名が搭乗していた国内線がハイジャックされ、北朝鮮への飛行を強要される。それに対して韓国空軍機がスクランブル発進し軍事境界線を越える直前に束草市の海岸に強制的に不時着させた。不時着では怪我人はでなかったが、ハイジャック犯人が手榴弾で自殺し、巻き添えで副操縦士が死亡し22名が負傷し機体も大破した。(故意に爆破されたため厳密に言うと航空事故ではない)
- 1976年8月2日、大韓航空ボーイング707-320C貨物機(HL7412)。イラン・テヘランのメヘラーバード国際空港からソウルに向けて離陸したが、旋回する向きを誤ったため山岳部に激突、乗員5名が死亡。
- 1978年4月21日、大韓航空902便、ボーイング707(HL7429)、パリからソウルに向かっていたが計器が故障しグリーンランド上空から航路を逸脱、4時間後にソ連領空へ侵犯したためソ連防空軍の迎撃戦闘機から銃撃されムルマンスク郊外の湖に不時着、銃撃で乗員乗客113名のうち2名が死亡した。(大韓航空機銃撃事件。厳密に言うと航空事故ではない)
- 1980年11月19日、大韓航空015便・ボーイング747(HL7445)、霧で視界不良のソウル金浦空港への着陸進入中に墜落、乗員乗客226名のうち15名が死亡した。目測を誤って滑走路手前に墜落したパイロットミスとされた。(大韓航空015便着陸失敗事故)
- 1983年9月1日、大韓航空007便ボーイング747(HL7442)、アンカレジを離陸後航路を逸脱しソ連領空を侵犯。樺太上空でソ連防空軍の迎撃戦闘機Su-15に撃墜され乗員乗客269人死亡。 (大韓航空機撃墜事件。故意に撃墜されたため厳密に言うと航空事故ではない)
- 1987年11月29日、大韓航空858便・ボーイング707(HL7406)、イラクのバグダードからアラブ首長国連邦のアブダビ、タイのバンコクを経由して韓国のソウルへ向う途中にベンガル湾上空で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員が仕掛けた時限爆弾で飛行中に爆破され空中分解。乗員乗客115名が死亡。(大韓航空機爆破事件。厳密に言うと航空テロであり航空事故ではない)
- 1989年7月27日、大韓航空803便(HL7328)、リビア・トリポリ空港へ着陸進入していた大韓航空のDC-10-30が空港手前の住宅地に墜落、乗員乗客199名のうち74名と地元住民6名の合計80名が死亡。リビア当局は悪天候下で着陸を強行した機長の判断ミスとして起訴した。
- 1997年8月6日、大韓航空801便(HL7468)、グアムに着陸進入中であったボーイング747-300が空港側のILSが運用停止中であったため目視による非精密進入に失敗し空港手前の丘に墜落、乗員乗客254名のうち228名が死亡した。(大韓航空801便墜落事故)
- 1999年4月15日、大韓航空6316便(貨物便、HL7373)、MD-11貨物機が上海虹橋国際空港から離陸直後に上海郊外に墜落、乗員3名と地元住民4名が死亡したほか、地元住民40名以上が負傷した。
- 1999年12月22日、大韓航空8509便(HL7451)、ボーイング747-200F貨物機がイギリス・ロンドンからイタリア・ミラノに向けてロンドン北郊のスタンステッド空港を離陸した直後に墜落。乗員4名が死亡。