大韓イエス教長老会

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大韓イエス教長老会(大韓イエス敎長老會)は、大韓民国長老派教会。ここから多くの長老派の教会が形成された。朝鮮の長老派教会は長老教と呼ばれていた。

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歴史 [編集]

朝鮮に派遣された初期の長老派の宣教師たちは、保守的な聖書信仰に立っていた。その後に入ってきた自由主義神学(リベラル)に対して、正統的な改革派信仰を確立させたのは朴亨龍牧師だといわれる。朴亨龍はプリンストン神学校ジョン・グレッサム・メイチェン師に学んだ朝鮮長老教の指導者であった。

日本の占領時代に、朝鮮の長老教は神社参拝を拒否した。そのため日本政府は日本の長老派の流れにある日本基督教会大会議長の富田満らを送って、神社参拝を行うよう説得にあたらせたが、偶像崇拝を拒んだ多くのクリスチャンが投獄され、殉教した。殉教者朱基徹牧師の逸話はよく知られている。

日本の敗戦により処刑を免れた出獄聖徒の流れは、1946年高麗神学校を建て、高神派と呼ばれている。また、1953年に長老教は、改革派信仰を守る大韓イエス教長老会と、自由主義神学(リベラル)系の韓国基督教長老会に分裂した。さらに、1959年にイエス教長老会は、合同派(福音派)と統合派(エキュメニカル派)に分裂した。

現在、韓国のおもな大韓イエス教長老会は次の通りである(信徒数順)。

参考書籍 [編集]

関連項目 [編集]

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