大阪桐蔭中学校・高等学校

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大阪桐蔭中学校・高等学校
大阪桐蔭中・高校本館校舎(大東市)
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人大阪産業大学
設立年月日 1983年(高等学校)
1995年(中学校)
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
高校コード 27593A
所在地 574-0013
大阪府大東市中垣内3丁目1番1号
外部リンク 公式サイト
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大阪桐蔭中学校・高等学校(おおさかとういんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪府大東市にある男女共学の私立校である。中学からの中高一貫コースと高校からのコースがある。設置者は学校法人大阪産業大学である。

目次

[編集] 概要

高校生急増期の生徒受け入れを目的として、大阪産業大学高等学校(現・大阪産業大学附属中学校・高等学校)の分校として1983年(昭和58年)に大阪産業大学高等学校大東校舎が設置されたことに始まる。その後1988年(昭和63年)に大阪産業大学高等学校から独立した。

写真の建物は本館と呼ばれるもので、中学校からの入学者(一貫生)と高校からの入学者(高入生)の一部と3年生が使っている。1・2年の一部の高入生は東館と呼ばれる別の建物で学校生活を送ることになる。

2005年(平成17年)度からは、高校1・2年生の高入生のうち、上級成績のクラス(I類)の2年生は2学期半ばより本館に移り、上級より下のクラス(II類)は東館に残り、学習を進めている。I類・II類はクラブ活動は週に2日程度となっていて、勉強に集中できるようにしている。

中学入学者は中学3年、高校入学者は高校2年生の時点で高校の履修課程をほぼ終了するので月曜は6時限、火曜日から金曜日までが7時限、土曜は毎回5時限まであり、夏休みは2週間、冬休み・春休みは1週間ほどしかない。授業時間は50分。

教育目標は、「鼎立成りて碩量を育む」。建学の精神は「偉大なる平凡人たれ」。進学指導、スポーツ教育に力を入れる一方、「挨拶の励行」など人格面の指導にも力点を置く。(スポーツ推薦による入学生は別クラス(III類)となる)

その年の学年によって全くカリキュラムが違う。また、外部講師も多い。

現在は2年生が一貫、外部生とも東館を使用。3年生が本館を使用している。

3年生は休みが一切なく、授業、演習が行われる。

[編集] 沿革

1980年代の高校生急増期を前に、大阪府と大阪府私立中学校高等学校連合会が協議をおこない、高校生の受け入れ対策として「1983・1984年度には、私立学校も募集定員を増やす」方向での合意が1979年(昭和54年)に成立した。大阪府私立中学校高等学校連合会は合意を受け、大阪府内の私立高校へ募集定員増加を検討するよう要請した。

学校法人大阪産業大学は要請を受け、大阪産業大学高等学校の募集定員を増加することを検討した。しかし大阪産業大学高等学校は新規受け入れの余裕がないとして、キャンパスにやや余裕があった大阪産業大学の敷地の一部を転用する形で、大阪産業大学高等学校の分校を設置することを決めた。

1982年(昭和57年)8月10日付で分校設置届を大阪府に提出した。当時提出された分校設置届によると、新入生募集は1988年度を最後に打ち切る計画になっていた。生徒急増期に対応した臨時的な分校として設置されたことになる。

1983年(昭和58年)4月に大阪産業大学高等学校大東校舎として開校した。しかし開校後、分校卒業生や保護者など関係者から学校の独立校化を求める声が強まり、1988年度に大阪桐蔭高等学校として独立した。

1995年(平成7年)には大阪桐蔭中学校を併設している。中学校は当初、英数選抜コース、英数コース、特進コースの3つのコースがあったが、2008年(平成20年)より特進コースを廃止し、英数選抜コースと英数コースの2コースのみとなった。

[編集] 交通

  • 最寄の駅は学研都市線野崎駅で駅から徒歩18分のところにある。
  • 隣の学研都市線JR住道駅から大阪産業大学まで、50円でシャトルバスが運行されている。
  • またJR住道駅からレンタサイクル「駅リンくん」を利用する教員・生徒も多い。
  • バス通学者も多く、新石切駅瓢箪山駅方面および住道駅・四条畷駅方面から近鉄バスを利用することができる。

[編集] 環境

校舎は本館、東館ともに幹線道路(本館は新道、東館は旧道)の近くにあり通学はその幹線道路を歩かなくてはいけない。

本館と東館の間に、大阪産業大学中央キャンパスがあり、両館を行き来する際はキャンパス内を通り抜ける。

[編集] III類野球部

1987年(昭和62年)に創部。1991年(平成3年)には春のセンバツ大会夏の選手権大会ともに甲子園初出場を果たし、1991年春はベスト8に進出、1991年夏は初優勝を成し遂げる。創部わずか5年目での全国制覇は、2004年(平成16年)春に初優勝した済美高等学校に抜かれるまでは、当時甲子園大会では史上最速の記録だった。

その後は低迷が続いたが、2002年夏2004年春(ベスト16進出)、2005年夏(ベスト4進出)、2006年夏(2回戦進出)、2007年春(ベスト8進出)にそれそれ出場。そして2008年夏の選手権大会では、決勝スコア17-0(対常葉菊川)という圧倒的な強さで同校が17年ぶり2回目の全国制覇を成し遂げ、また大阪勢としても17年ぶりに夏の選手権大会での優勝を果たしている。

推薦入部しかなく一般の生徒の入部は困難である。

[編集] III類吹奏楽部

2005年(平成17年)に創部。2005年(平成17年)に創部1年で関西吹奏楽コンクールに出場、金賞を受賞。2006年(平成18年)には、創部2年目にして吹奏楽の甲子園である東京、普門館で毎年秋に行われる全日本吹奏楽コンクールに関西代表として初出場銀賞、2007年(平成19年)も同大会において関西代表として銀賞を受賞した。3回連続出場をかけた2008年(平成20年)には、惜しくも代表を逃すが、続く2009年(平成21年)に初の全国大会金賞に輝く。2010年(平成22年)には2度目の金賞を受賞。

また、2008年(平成20年)に全日本マーチングコンテストにおいて、初出場銀賞受賞という結果を果たした後、同大会で2009年(平成21年)、2010年(平成22年)ともに、2年連続で金賞を受賞するなど、マーチングでの活動も盛んである。

その他数多くの依頼演奏をこなし、歴史は浅いながら全国的に有名なバンドとなりつつある。

[編集] III類サッカー部

2005年(平成17年)に創部。2007年(平成19年)に創部3年で全国高等学校総合体育大会初出場。2008年(平成20年)も総体2年連続で出場でベスト8入りとともに全国高等学校サッカー選手権大会初出場も果たした。女子サッカー部は2006年(平成18年)創部。こちらも2007年に全国大会出場を果たした。

[編集] 指導者

[編集] 出身著名人・関連人物

[編集] 設置コース

[編集] 高等学校

  • I類
最難関国公立大学を目指す。一貫生全員と、高入生の成績上位クラスが該当する。受験指導に練達した外部講師担当の授業が、学年が上がるにつれ多くなる。
  • II類
国公立大学・難関私立大学を目指す。高入生の成績中位以下のクラスが該当する。
※I類・II類のクラスでは、高校2年次より志望別に文理でクラス分けを行う。ただし、一貫・高入とも上位クラスでは文理合同のクラスを編成する。高校3年次では、クラスの枠を超え、文系・理系とも学力別に再編成したクラスで授業を行う。
3年次よりI類・II類は一貫・外部の区分を取り払い、授業クラスは、S(理系)L(文系)クラスにわかれ、SA、SB、LAクラスは最難関国公立大学を目指す。SC、L1クラスは阪大神大を目指す。S1、S2、S3、L2クラスはそれ以下に該当する大学を目指す(L1・L2クラスには私立文系型の人もいる)、といったように構成されている。
  • III類
体育芸術が盛んで、一般入試のほかにスポーツ特待制度やAO入試等も利用して有名大学を目指す。硬式野球部、ラグビー部などは有名。また、吹奏楽部も創部わずか2年で全国大会銀賞という実績を持ち、2009年度、2010年度、2011年度は、3年連続で全国大会金賞を受賞している。

[編集] 中学校

  • 英数選抜 (ES) コース
最難関国公立大学を目指すためのコース。
  • 英数 (E) コース
難関国公立大学を目指すためのコース。
英数コースの成績上位者は、入学時、学年進級時、および学期の変わり目で英数選抜コースへのコース変更がある。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 大阪桐蔭高等学校十周年記念誌編集委員会 『大阪桐蔭高等学校十周年記念誌』1993年。

[編集] 外部リンク

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