大阪府立急性期・総合医療センター

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 大阪府立急性期・総合医療センター
Osakahuritsu kyuseiki sogoiryo center.jpg
情報
正式名称 地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪府立急性期・総合医療センター
英語名称 Osaka General Medical Center
前身 某毒院→大阪駆微院→大阪府立難波病院→大阪府立大阪病院→大阪府立病院
許可病床数 768床
精神病床:34床
一般病床:734床
機能評価 一般500床以上:Ver5.0
開設者 地方独立行政法人大阪府立病院機構
管理者 吉岡敏治(院長)
開設年月日 1955年1月
所在地
537-8511
大阪府大阪市住吉区万代東三丁目1番56号
位置 北緯34度37分0.62秒
東経135度30分18.84秒
座標: 北緯34度37分0.62秒 東経135度30分18.84秒
二次医療圏 大阪市(南部)
特記事項 前身は1872年3月、某毒院として開設
PJ 医療機関
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大阪府立急性期・総合医療センター(おおさかふりつきゅうせいき・そうごういりょうセンター)は、 大阪府大阪市住吉区にある医療機関病院)。略称は府立総合医療センター。運営する地方独立行政法人大阪府立病院機構の本部事務局が敷地内にある。

概要[編集]

急性期から回復期に至る一貫したリハビリテーション医療を含めた病院で、基幹災害医療センターとして、大規模集団災害発生時には、被災者の受入れや初期治療を行うなどの役割を担い、疾患と脳血管疾患に対する救急医療を一層充実をし、従来の救命救急部門と併せて救命救急センターとして拡充するとともに、障がい者医療・リハビリテーション医療部門を新設し、急性期から回復期に至る一貫したリハビリテーション医療も行っている。

病院自体のルーツは検某施設として1871年に開設された某毒院であり、公営病院としては130年の歴史を持つ。

本記事では前身機関である「某毒院」「大阪駆微院」「大阪府立難波病院」「大阪府立大阪病院」「大阪府立病院」も記す。

沿革[編集]

某毒院[編集]

  • 1871年3月-民部省の沙汰布告に先立ち、検某施設として某毒院を開設。
    • 10月-微毒治療を行う目的で仮施院を設置。

大阪駆微院[編集]

府立難波病院[編集]

  • 1899年11月-大阪府立難波病院に改称。
  • 1924年7月-現在地に移転、病棟5棟と診察棟が竣工。
  • 1939年3月-病棟を4棟増築。
  • 1945年3月-大阪大空襲により敷地が命中するも焼失を免れるも入院患者全員退院、病棟1棟を戦時疎開命令により撤去し、終戦まで住吉区方面の罹災救護所に転用。
  • 1946年5月-内務省令娼妓取締規則及び大阪府令娼妓健康診断規則の廃止、更には大阪府令、花柳病予防特例施行細則制定に伴い、娼妓改め接待婦等を含む業態者に対する検診と性病罹患者の強制入院を行い、娼妓病院としての機能を終える。

府立大阪病院[編集]

  • 1946年12月-大阪府立大阪病院に改称。性病診察の他に、皮膚泌尿器科と産婦人科の診療も開始。
  • 1948年8月-内科・耳鼻咽喉科の診療を開始。
  • 1949年2月-外科・眼科の診療を開始。
    • 6月-放射線科の診療を開始。
  • 1951年8月-歯科の診療を開始。
  • 1952年9月-病棟の手狭、医療機能を充実をし、総合病院として活用するため、「大阪府立病院改築整備審議会」を設置。
  • 1953年8月-大阪府立森之宮病院を設置し、大阪府立大阪病院での性病診察を移管。
  • 1954年6月-増改築工事着工。

府立病院[編集]

  • 1955年1月-大阪府立病院に改称をし、病棟の増改築により11の診療科、病床数330床の総合病院となる。
    • 4月-大阪府立病院付属厚生学院を開設。
  • 1957年5月-第7病棟の新築工事が竣工し、病床数435床となる。
  • 1959年4月-第8病棟の新築工事が完成し、病床数579床となる。
  • 1960年4月-大阪府立病院付属厚生学院の運営を府衛生部医務課に移管。
  • 1963年3月-中央棟(第10病棟)の増築工事が完成し、病床数720床となる。
  • 1964年3月-第7病棟の増築工事が完成し、病床数814床となる。
    • 10月-救急病院を定める省令により救急病院として告示。
  • 1965年12月-第8病棟の増築工事が完成し、病床数908床となる。
  • 1966年4月-外科を外科第1、外科第2に二分化。
  • 1967年1月-大阪府病院事業条例制定に伴い基幹総合病院となる。
  • 1968年7月-臨床研修指定病院に指定。
  • 1969年3月-救急医療施設整備工事が完成し、病床数920床となる。
    • 4月-放射線治療棟が完成し、放射線科を放射線診断科及び放射線治療科と改め、麻酔科と救急診療科の診療を開始。
  • 1971年5月-研究検査科を研究検査第1、研究検査第2に二分化。
  • 1972年12月-人工透析室、アイソトープ診断室、脳神経外科診療室を設置。
  • 1973年4月-脳神経外科と腎疾患特殊診療科の救急診療科の診療を開始。救急診療科を削除。
  • 1974年4月-心疾患特殊診療科と救急診療特殊診療科の診療を開始。
  • 1976年4月-診療科名を改正し、21診療科となる。
  • 1978年4月-厚生省の教育指定病院として臨床研修医制度を導入し、医療教育養成機関となる。救急医療専門診察棟を整備し、CTスキャナを設置。
    • 10月-救急関連施設、輸血、緊急検査棟整備完成。
  • 1982年3月-「大阪府立病院近代化計画」策定
  • 1985年2月-近代化整備事業第1期工事着工。
  • 1987年9月-中央館、北1号館が竣工し、病床数778床となる 免疫リウマチ科と神経内科の診療を開始。心疾患専門診療科を心臓内科及び心臓血管外科に分科、第一内科及び第二内科を内科及び消化器代謝内科に分科し名称も変更、第一外科を消化器一般外科に、第二外科を脳神経外科に、精神神経科を精神科に、腎疾患専門診療科を腎臓内科に、救急医療専門診療科を救急診療に、放射線診断科を画像診断科に、第一研究検査科を病理科に、第二研究検査科を臨床検査科にそれぞれ名称変更。
  • 1989年3月-近代化整備事業第1期工事完工。
  • 1991年3月-近代化整備事業第2期工事着工。
  • 1993年4月-歯科を歯科口腔外科に名称変更、形成外科の診療を開始。
    • 5月-本館、北2号館が竣工し、25診療科となる。
  • 1995年2月-放射線治療棟の診察開始。
  • 1996年3月-近代化整備事業第2期工事完工。

府立急性期・総合医療センター[編集]

  • 2003年10月-大阪府立急性期・総合医療センターに改称。
  • 2006年4月-大阪府病院事業条例が廃止され、病院の運営を地方独立行政法人大阪府立病院機構に移行。消化器代謝内科を糖尿病代謝内科及び消化器内科に分科、消化器一般外科を外科に、腎臓内科を腎臓・高血圧内科に、耳鼻咽喉科を耳鼻咽喉・頭頸部外科に名称変更。
  • 2007年4月-大阪府立身体障害者福祉センター附属病院と統合し、障がい者医療・リハビリテーション医療部門を設置し、病床数768床となる。併せて救命救急センターを拡充し、心臓部門を増床し、脳卒中部門を新設。
  • 2008年9月-特定非営利活動法人卒後臨床研修評価機構の認定病院となる。
  • 2008年11月-地域医療支援病院の承認を受ける。

診療科[編集]

  • 内科・呼吸器内科
  • 消化器内科
  • 心臓内科
  • 糖尿病代謝内科
  • 腎臓・高血圧内科
  • 神経内科
  • 免疫リウマチ科
  • 小児科
  • 精神科
  • 皮膚科
  • 外科
  • 心臓血管外科
  • 脳神経外科
  • 整形外科
  • 産婦人科
  • 泌尿器科
  • 眼科
  • 耳鼻咽喉・頭頸部外科
  • 形成外科
  • 歯科口腔外科
  • 放射線治療科
  • リハビリテーション科
  • 障がい者歯科
  • 障がい者外来

指定[編集]

  • 日本医療機能評価機構「病院機能評価」認定施設
  • NPO法人卒後臨床研修評価機構認定病院
  • 地域医療支援病院
  • 日本内科学会認定教育病院
  • 日本脳卒中学会認定研修教育病院
  • 日本麻酔科学会麻酔科認定病院
  • 日本病理学会研修認定病院
  • 大阪府災害拠点病院

交通アクセス[編集]

関連項目[編集]

出典資料[編集]

  • 大阪府立病院開院25周年記念誌

外部リンク[編集]