大阪市立住吉商業高等学校
| 大阪市立住吉商業高等学校 | |
|---|---|
| 過去の名称 | 大阪市立住吉商業学校 大阪市立住吉工業学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 大阪市 |
| 併合学校 | 大阪市立戎商業学校 大阪市立芦池商業高等学校 |
| 校訓 | 進取・明朗・誠実 |
| 設立年月日 | 1940年4月1日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 商業科 |
| 高校コード | 27233H |
| 所在地 | 〒559-0013 |
| 外部リンク | 公式サイト |
大阪市立住吉商業高等学校(おおさかしりつ すみよししょうぎょう こうとうがっこう)は、大阪府大阪市住之江区にある公立商業高等学校である。
目次 |
[編集] 概要
全日制商業科1学科を設置している。
2003年度から2009年度まで商業科総合選択制を導入し、「起業者育成」「ビジネスコミュニケーション」「簿記会計」「マルチメディア」「なにわの商い」「ヒューマンエコロジー」の6つの系列を設け、商業科の中に幅広い選択科目を設けていた。2年次以降各系列に分かれて学習していた。
2010年度以降は従来型の商業科に戻した。改編の背景には、大阪市が計画している高大連携での7年一貫教育を見据えた新商業高校設置構想[1]がある。新商業高校構想を受け、住吉商業高校では従来型の資格習得・技術習得を目指す実業教育をおこない地域の商業人育成を図る「地域に根ざす実業学校」として、新商業高校とは異なる方向での特色化を図ることにした。
1940年に南区で開校した。1942年に現在地に移転している。通称・略称は「住商」(すみしょう)。
[編集] 沿革
大阪市南区鰻谷東之町(現在の中央区島之内1丁目、現大阪市立南中学校敷地)にあった旧大阪市立育英商工学校を母体とし、1940年に大阪市立住吉商業学校として開校した。当時は男子のみの募集だった。1942年には住吉区南加賀屋町(現在の住之江区御崎)の現在地に校舎が完成して移転している。
しかし太平洋戦争に伴う戦時措置により、商業学校は工業学校に転換されることになり、住吉商業学校も工業学校へと転換された。一方で男子商業学校の転換により、商業学校の不足分を女子商業学校の増設でまかなう策がとられた。独立校舎の新設は厳しいという状況だったため、南区安堂寺橋通3丁目(現在の中央区南船場3丁目)にあった大阪市芦池国民学校を廃校して校舎を転用し、大阪市立芦池女子商業学校が設置された。
学制改革により大阪市立住吉商業高等学校となり、南区へ移転して大阪市立芦池商業高等学校(大阪市立芦池女子商業学校)の校舎に同居する形で男女共学を実施した。校名は当時「大阪市立住吉芦池商業高等学校」と併称することもあった。住吉区の校舎は、新制大阪市立住吉第二中学校(のちの大阪市立南稜中学校。1993年廃校)の仮校舎に転用された。
1950年には芦池商業高等学校を正式に合併し、1952年には現在地に校舎を復帰した。南区の校舎には、芦池女子商業学校に校舎を提供するために廃校になった大阪市立芦池小学校が再開校したが、芦池小学校はその後地域の児童減少のため、1987年に大阪市立南小学校に統合されている。
[編集] 年表
- 1940年4月1日 - 大阪市立住吉商業学校として、大阪市南区鰻谷東之町の仮校舎で開校。
- 1942年9月3日 - 住吉区南加賀屋町559番地(現在地)に移転。
- 1944年4月1日 - 戦時措置により大阪市立住吉工業学校へ転換。大阪市立戎商業学校を合併。
- 1944年 - 大阪市立芦池女子商業学校を、南区安堂寺橋通3丁目に開設。
- 1946年4月1日 - 大阪市立住吉商業学校に復帰。
- 1948年4月1日 - 学制改革で大阪市立住吉商業高等学校となる。南区安堂寺橋通3丁目に移転し、大阪市立芦池商業高等学校との同居で男女共学とする。
- 1950年4月1日 - 大阪市立芦池商業高等学校を合併。
- 1952年4月1日 - 現在地に校舎を復帰し、移転。
- 1955年10月7日 - 校地を拡張。
- 2003年4月1日 - 商業科総合選択制を導入。
- 2010年 - 商業科総合選択制を廃止、従来型の商業科へとカリキュラム改編。