大阪大学医学部附属病院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 大阪大学医学部附属病院
Osaka University Hospital.jpg
情報
英語名称 Osaka University Hospital
前身 大阪帝国大学医学部附属医院
標榜診療科 循環器科、内科、心臓血管外科、外科、小児外科、眼科、耳鼻咽喉科、整形外科、皮膚科、形成外科、精神科、神経科、脳神経外科、麻酔科、産科、婦人科、小児科、泌尿器科、放射線科、放射線診断科、神経内科、呼吸器科、消化器科、呼吸器外科
許可病床数 1076床
精神病床:52床
一般病床:1024床
機能評価 一般500床以上:Ver6.0
開設者 国立大学法人大阪大学
管理者 吉川秀樹(病院長)
開設年月日 1869年
所在地
565-0871
大阪府吹田市山田丘2番15号
位置 北緯34度49分9.9秒
東経135度31分42.2秒
二次医療圏 豊能
PJ 医療機関
テンプレートを表示

大阪大学医学部附属病院(おおさかだいがくいがくぶふぞくびょういん)は、大阪府吹田市にある大阪大学医学部附属の大学病院大阪大学吹田キャンパスに位置する。通称は阪大病院(はんだいびょういん)で、広くこう呼ばれている。

概要[編集]

  • 病床数:1,076床
  • 医員数:医師316人、専攻医134人、研修医72人
  • 職員数:2,122人(医師を含む)
  • 1日当り通院患者:2,524人

診療科[編集]

  • 総合診療部
  • 漢方医学科

内科東専門外来

  • 消化器内科
  • 内分泌・代謝内科
  • 呼吸器内科
  • 免疫・アレルギー内科

内科西専門外来

  • 循環器内科
  • 腎臓内科
  • 血液・腫瘍内科
  • 老年・高血圧内科
  • 神経内科・脳卒中科

外科専門外来

  • 心臓血管外科
  • 呼吸器外科
  • 消化器外科
  • 乳腺・内分泌外科
  • 泌尿器科
  • 眼科
  • 耳鼻咽喉科
  • 整形外科
  • 皮膚科
  • 形成外科
  • 神経科・精神科
  • 脳神経外科
  • 麻酔科
  • 産科婦人科
  • 小児科
  • 小児外科
  • 放射線科
  • 放射線治療科
  • 核医学診療科
  • セカンドオピニオン外来
  • 遺伝子診療部
  • 睡眠医療センター
  • 疼痛医療センター
  • 補完医療外来
  • 前立腺センター
  • 化学療法部(外来化学療法室)
  • 脳卒中センター
  • 生殖医療センター

研究機関[編集]

未来医療センター

臓器移植[編集]

臓器移植の分野においては、心臓心肺膵臓小腸の全ての脳死臓器移植の保険施設として認定され、また生体肺移植も高度先進医療として認可されている、国内唯一の病院である。

また、臓器移移植法施行後、国内初のの脳死心臓移植(1999年)、国内初の心肺同時移植(2009年)が行われた病院でもある。

ドクターヘリ[編集]

2008年1月16日から、大阪府内で唯一のドクターヘリの基地病院となっている。約70km離れた府最南端の岬町までも20分で到着可能となった。ヘリには高度救命救急センターに所属する医師7人、看護師9人が交代で搭乗することになっており、運航時間は午前8時から日没まで。なお機材は、ストレッチャー1台、人工呼吸器などの医療機器を積んだユーロコプターEC135を使用している。なお、ドクターヘリの運航はヒラタ学園航空事業本部が受託。

沿革[編集]

吹田キャンパスに移転する前は、中之島北側対岸の福島1丁目(旧町名:堂島浜通)にあった。福島1丁目の跡地は再開発され、大阪中之島合同庁舎が2001年に竣工、「ほたるまち」と名付けられた街区に朝日放送の新社屋が2008年に竣工した。

  • 1869年(明治2年):政府直轄仮病院を大阪上本町の大福寺内に設置。7月、鈴木町代官屋敷跡に大阪府病院が完成し仮病院を移転。11月、大阪府医学校病院を開設。
  • 1872年(明治5年):大阪医学校病院を廃止。
  • 1873年(明治6年):大阪府により西本願寺津村別院(北御堂)内に大阪府病院を開設。
  • 1879年(明治12年):中之島の常安町に新築。大阪公立病院と改称。
  • 1880年(明治13年):府立大阪病院と改称。府立大阪医学校設立。
  • 1903年(明治36年):大阪府立高等医学校病院と改称。
  • 1915年(大正4年):府立大阪医科大学病院と改称。
  • 1917年(大正6年):病室から出火、火災により病院は全焼。
  • 1919年(大正8年) 大阪医科大学病院と改称(大学令に準拠の旧制大学となる)。
  • 1924年(大正13年):堂島浜通に新築病院が竣工し移転。10月、大阪医科大学附属医院と改称。
  • 1931年(昭和6年):大阪帝国大学医学部附属医院に改組。
  • 1932年(昭和7年):待兼山に石橋分院を開院(「神経性患者、慢性疾患または各種疾病の回復期にあるもの、その他郊外に転地を要するもののため」)。
  • 1944年(昭和19年):石橋分院を閉鎖。
  • 1947年(昭和22年):7月、石橋分院を内科・外科・精神科・眼科・産婦人科で再開院。9月、大阪帝国大学医学部附属医院を大阪大学医学部附属医院に改組。
  • 1949年(昭和24年):大阪大学医学部附属病院と改称。
  • 1953年(昭和28年):診療科から歯科を分離し、大阪大学歯学部附属病院が設置される。
  • 1968年(昭和43年):3月、石橋分院を閉鎖。(病院建物は医療技術短期大学部本館を経て、現在は大阪大学総合学術博物館修学館展示場(待兼山修学館)として改装。)
  • 1993年(平成5年):現在地(吹田キャンパス)に新築移転。微生物病研究所附属病院と統合。同年9月には、移転の様子を撮影したドキュメンタリーテレビ番組『巨大病院が動いた!阪大病院移転』が朝日放送ABCテレビ)で制作・放映された。
  • 1999年3月1日 日本国内で臓器移移植法施行後、初の脳死心臓移植
  • 2002年4月1日 未来医療センターを設置
  • 2007年 多剤耐性緑膿菌の院内感染
  • 2008年 全国で13機目となるドクターヘリの基地病院になった。
  • 2008年8月14日 日本国内で初の低侵襲手術法(NOTES)を臨床導入
  • 2009年1月17日 国内初の心肺同時移植を実施
  • 2010年 本格的な電子カルテシステムを導入
  • 2013年 同病院麻酔科の男性医師が、手術用鎮痛剤として用いられる麻薬の一種であるフェンタミルを無断で持ち出し、自ら使用していたことが判明。同病院からは懲戒解雇処分[1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 医療用麻薬:麻酔科医が自分に使用 阪大病院が懲戒解雇 毎日新聞 2013年9月7日