大野郡

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大野郡(おおのぐん)は、岐阜県北部(飛騨国)の人口1,644人、面積356.55km²、人口密度4.61人/km²。(2014年10月1日、推計人口

大野郡1村の位置

以下の1村を含む。

かつての郡域は、現在の高山市の大部分を含んでいた。

沿革[編集]

  • 郡役所は吉城郡(現在の飛騨市、一部高山市)・益田郡(現在の下呂市)と共同で高山町に置かれた。
  • 1889年(明治22年)7月1日 町村制施行に伴い以下の町村が発足。(1町10村)
    • 高山町・大名田村・上枝村・丹生川村・宮村・清見村・荘川村 (高山市)
    • 久々野村・河内村 (久々野町 → 高山市)
    • 白川村 (白川村)
    • 山之口村 (萩原町 → 下呂市)
  • 1892年(明治25年)5月19日 (1町12村)
    • 大名田村の一部(上岡本、下岡本、松本、桐生、本母、冬頭)が、灘村として分立した。
    • 大名田村の一部(三福寺、松ノ木、五名、漆垣内、大洞、塩屋、山口、大島、岩井、滝)が大八賀村(おおはちがむら)として分立した。※大八賀村の読み方については『高山市史』など正しく扱われているものもあるが、平凡社、角川書店の地名辞典では「だいはちがむら」と誤っているので注意を払う必要がある。なお、河川の大八賀川も「おおはちが―がわ」が正しい[要出典]
  • 1897年の郡制施行の際に吉城郡・益田郡は独自の郡役所を置いた。
  • 1897年(明治30年)4月1日 久々野村と河内村が合併して久々野村となった。(1町11村)
  • 1922年(大正12年)10月10日 大名田村が町制施行して大名田町となった。(2町10村)
  • 1925年(大正15年)10月1日 灘村が高山町に編入された。(2町9村)
  • 1936年(昭和11年)11月1日 高山町・大名田町が合併市制施行して高山市となった。(9村)
  • 1943年(昭和18年)4月1日 上枝村が高山市に編入された。(8村)
  • 1950年(昭和25年)4月1日 朝日村・高根村が益田郡から大野郡に移った。(10村)
  • 1954年(昭和29年)4月1日 久々野村が町制施行して久々野町となった。(1町9村)
  • 1955年(昭和30年)4月1日 大八賀村(おおはちがむら)が高山市に編入された。(1町8村)
  • 1956年(昭和31年)8月25日 山之口村が益田郡萩原町、川西村と合併して益田郡萩原町となった。(1町7村)
  • 2005年(平成17年)2月1日 久々野町朝日村清見村荘川村高根村丹生川村宮村が高山市へ編入された。残る白川村は、合併は行わないと表明している。
明治22年以前 明治22年7月1日 明治22年 - 明治45年 大正1年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
上枝村 上枝村 上枝村 昭和18年4月1日
高山市に編入
高山市 高山市
高山町 高山町 高山町 昭和11年11月1日
高山市
大名田村 明治25年5月19日
灘村
大正15年10月1日
高山町に編入
大名田村 大正12年10月10日
町制
明治25年5月19日
大八賀村(おおはちがむら)
大八賀村(おおはちがむら) 昭和30年4月1日
高山市に編入
久々野村 明治30年4月1日
久々野村
久々野村 昭和29年4月1日
町制
平成17年2月1日
高山市に編入
河内村
丹生川村 丹生川村 丹生川村 丹生川村
宮村 宮村 宮村 宮村
清見村 清見村 清見村 清見村
荘川村 荘川村 荘川村 荘川村
益田郡
朝日村
益田郡
朝日村
益田郡
朝日村
昭和25年4月1日
大野郡 朝日村
益田郡
高根村
益田郡
高根村
益田郡
高根村
昭和25年4月1日
大野郡 高根村
白川村 白川村 白川村 白川村 白川村 白川村
山之口村 山之口村 山之口村 昭和31年8月25日
益田郡
萩原町の一部
平成16年3月1日
下呂市の一部
下呂市

外部リンク[編集]