大谷中学校・高等学校 (大阪府)

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大谷中学校・高等学校
大谷中学校・高等学校
地図北緯34度38分21.7秒 東経135度30分19.1秒 / 北緯34.639361度 東経135.505306度 / 34.639361; 135.505306座標: 北緯34度38分21.7秒 東経135度30分19.1秒 / 北緯34.639361度 東経135.505306度 / 34.639361; 135.505306
過去の名称 大谷高等女学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人大谷学園
校訓 朝に礼拝 夕に感謝
設立年月日 1909年
創立記念日 10月14日
創立者 左藤了秀
共学・別学 男女別学(女子校)
中高一貫教育 実施
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース 6カ年課程:医進コース・特進コース・凛花コース
3カ年課程:プレミアム文理コース・アドバンス文理コース
学校コード C127310000130 ウィキデータを編集(中学校)
D127310000192 ウィキデータを編集(高等学校)
高校コード 27537K
所在地 545-0041
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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大谷中学校・高等学校(おおたにちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪府大阪市阿倍野区にある私立中学校高等学校である。女子校として運営されている。通称は「大谷」。

概要

中高一貫校として、真宗大谷派を建学の理念とした女子教育をおこなっている。かつては高校からの外部募集をおこなわない完全中高一貫校として運営されていた。2019年には3カ年課程を併設し、従来の6カ年課程と並行する形で、高校時点での生徒募集を開始している。

教科教育のほか、情報教育国際理解教育にも力を入れている。本校のほか帝塚山に帝塚山学舎を持ち、勉強合宿やクラブ活動などで活用されている。学園長は左藤恵

沿革

創設者で僧侶の左藤了秀が、1909年に大阪・難波別院(南御堂)内に大谷裁縫女学校を設立したことが、学校の起源となっている[1]1911年に大谷女学校と改称した。

1920年には御堂筋の拡張計画が発表され、学校敷地が御堂筋の拡張用地となった。このため現在地に用地を確保して移転している。

大谷女学校の志願者の増加に伴い、1924年高等女学校令による大谷高等女学校を現在地に開設した。この時に開設された大谷高等女学校の直接的な後身が、現在の大谷中学校・高等学校にあたる。従来の大谷女学校は大谷高等女学校と並立する形で存続し、現在の東大谷高等学校へとつながっている。

学制改革により、1947年に新制大谷中学校・1948年に新制大谷高等学校へと改編された。

年表

  • 1909年 - 大谷裁縫女学校が、大阪・南御堂の難波別院内に開校。
  • 1924年 - 大谷高等女学校を現在地に設置。
  • 1948年 - 新制大谷中学校・高等学校となる
  • 1986年 - 特進コース設定
  • 1988年 - 帝塚山学舎(記念館)竣工
  • 2000年 - 医進コース設定
  • 2004年 - 英語コース設定
  • 2011年 - 英語コースが特進Ⅰコースに、特進コースが特進Ⅱコースに変更
  • 2015年 - 医進コース・特進コース・凛花コースに再編
  • 2019年 - 高等学校3カ年課程設置

出身者

関係者

交通

脚注

  1. ^ 沿革”. 大谷中学校・高等学校. 2022年10月22日閲覧。

関連項目

外部リンク