大街道商店街

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松山中央商店街 > 大街道商店街
一番町通りから見た大街道入口

大街道商店街(おおかいどうしょうてんがい)は、愛媛県松山市の中心市街地にある商店街松山中央商店街の一部。

概要[編集]

一番町通り(国道11号)から千舟町通りにかけての全長483mの南北方向の商店街で、銀天街とともに松山市を代表する商店街の一つ。全蓋式のアーケードが設置されている。通りは現在では歩行者専用となっているが、1982年までは、両端に片側アーケードのある商店街であった。北端に一番町通り国道11号/国道33号)・ロープウェー街伊予鉄道の市内電車(路面電車、軌道)の大街道停留場と接し、近傍に松山三越松山全日空ホテル(以上は一番町通の南側)、東急インスターバックスが入居している伊予鉄会館(以上一番町通りの北側)がある。南端は千舟町通り(旧国道33号)をはさんで松山銀天街と接している。 業種構成は、ファッション店舗、身回品店舗が多いが、遊技場(パチンコ店)、ゲームセンター等も多い。銀天街に比べるとやや間口の広い店舗が多い。かつては商店街とその脇道に映画館も数館存在したが、現在は一館のみ(シネマサンシャイン大街道)となっている。また、ダイエー系のスーパーマーケットも商店街の中にあったが、現在は業種転換している。なお、商店街の東一帯は「北京町」(きたきょうまち)と呼ばれる歓楽街である。

商店街組合は南北で2つある。  

歴史[編集]

戦前の大街道商店街(その1)
戦前の大街道商店街(その2)
  • 松山藩の城下町として古くから開けた古町(こまち)から呉服商等が移って来て町を形成していった。
  • 大正時代初期に用水路が埋め立てられ、広い通りができて、松山随一の商店街を形成した。このころ大街道という通称が定着したと伝えられる。
  • 1929年(昭和4年)までは小唐人町(ことうじんまち)と呼ばれていた。
  • 太平洋戦争前、片側にの並木があった。このころ、松山銀座とも別称されたほどにぎわった。
  • 太平洋戦争の空襲で灰燼に帰した。
  • 1946年(昭和21年)、三越松山店開設。
  • 1968年(昭和43年)、片側アーケード設置
  • 1982年(昭和57年)10月、歩行者専用道路への移行に伴い、全蓋アーケード化。
  • 1983年(昭和60年)、ラフォーレ原宿・松山開店
  • 2008年(平成20年)、ラフォーレ原宿・松山閉店

交通[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]