大渓鎮

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桃園県の旗 桃園県 大渓鎮
別称: 大姑陥・大嵙崁
DASI Old Street-2,TAIWAN.jpg
地理
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座標: 北緯24度52分50.2秒 東経121度17分13.5秒 / 北緯24.880611度 東経121.287083度 / 24.880611; 121.287083
面積: 105,1206 km²
各種表記
繁体字: 大溪鎮
日本語読み: たいけい
漢語: Dàxī
通用: Dàsī
注音符号: ㄉㄚˋ ㄒㄧ
片仮名転写: ダーシー
台湾語: Tāi-khoe
客家語: Thai-hâi
行政
行政区分:
上位行政区画: 桃園県の旗 桃園県
下位行政区画: 27里712鄰
大渓鎮長: 黃睿松
公式サイト: 大渓鎮公所
情報
総人口: 91,910 人(2014年1月)
戸数: 30,423 戸(2014年1月)
郵便番号: 335
市外局番: 03
域内を流れる大漢渓。奥に崁津大橋が見える

大渓鎮(たいけいちん)は、台湾桃園県。行政区域内に大漢渓があることからこの名称が付けられた。大渓鎮は元来は隣接する復興郷で産出される木材の輸送拠点となっており、大漢渓では水運が栄えていた。既に水運は姿を消したが、水運時代の遺構が数多く保存されている。蒋介石が本拠地とした場所としても有名。日本統治時代に整備されたバロック建築の街並みも人気。

地理[編集]

歴史[編集]

大渓鎮は古くは「大姑陥」と称されていた。これはタイヤル族の言語で「大水」を表す言葉である。乾隆年間、漳州からの入植者が大漢渓を遡りこの地にいたり開墾を開始した。漢人にとり「陥」という字が不吉であり、また地形が窪地になっていることから「崁」の文字を使用するようになり「大姑崁」と称されるようになった。同治初年この地方出身の李金興、李騰芳、為彰顕などが科挙で優秀な成績を修めたことから「大科崁」と改称された。光緒年間には巡撫劉銘伝はこの地に撫墾総局を設置し、「大科崁」を「大嵙崁」と改めた。その後日本統治時代の1920年、地勢に因み「大渓」と改称され[1]現在に至っている。

行政区[編集]

歴代鎮長[編集]

教育[編集]

大学[編集]

技術学院[編集]

高級中学[編集]

国民中学[編集]

国民小学[編集]


交通[編集]

種別 路線名称 その他
高速道路 フォルモサ高速道路 大渓IC
省道 台3線 三峡鎮大渓鎮龍潭郷
省道 台4線 八徳市大渓鎮
省道 台7線 大渓鎮復興郷
省道 台66線 東西向快速公路 観音大渓谷線

観光[編集]

  • 李騰芳古宅
  • 武徳殿
  • 大溪老街
  • 石門水庫
  • 慈湖陵寝
  • 頭寮陵寝

出身者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 水越幸一 「市郡の區域稱呼其所在地並街庄の稱呼等に就て」『臺灣時報』第十六號、大正九年、一四一頁。

外部リンク[編集]