大浦 光信(おおうら みつのぶ、寛正元年(1460年) - 大永6年(1526年))は、戦国時代の武将。種里城主。父は金沢家信あるいは久慈元信。子に政信。
延徳3年(1491年)、久慈から種里に入部し、種里城を築城して安東氏に備えた。文亀2年(1502年)には大浦の地に大浦城を築き、養子の盛信に守らせた。
大永6年(1526年)に死去。享年67。死後、盛信によって長勝寺に祭られた。
なお、遺言として「死後も西の備えたらん」と述べたため、盛信によって甲冑姿のままで埋葬されたと伝えられている。
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