大森健作

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大森 健作 Football pictogram.svg
名前
カタカナ オオモリ ケンサク
ラテン文字 OMORI Kensaku
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1975年11月21日(36歳)
出身地 愛媛県西予市
身長 177cm
体重 66kg
選手情報
ポジション DF
利き足 左足
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大森 健作(おおもり けんさく、1975年11月21日 - )は、愛媛県西予市(旧・東宇和郡野村町)出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー西予市立野村中学校、愛媛県立南宇和高等学校卒業。

目次

[編集] 来歴・人物

高校卒業後は横浜マリノスに入団。1995年のFIFAワールドユースカタール大会の日本代表に選出され試合にも出場するなど将来を嘱望されていたが、クラブでは出場機会に恵まれず、その後鹿島アントラーズ京都パープルサンガといったクラブを渡り歩く。

転機となったのは2000年コンサドーレ札幌への移籍であり、当時の監督岡田武史が直に電話をして獲得にこぎ着けた。本職は左サイドバックでありながらストッパーもこなせる守備能力があり、この年から3バックの左ストッパーとして基本的には守備に専念、時折鋭いオーバーラップを見せるというプレイスタイルでレギュラーの座を獲得した。その後監督が替わりシステムが変化しても常にレギュラーの座にあり続け、また比較的若いチーム構成の中で選手の顔的な存在感も見せ、サポーターからの人気も大きかった。

2004年のシーズン途中、J1で低迷していたセレッソ大阪からのオファーに応え、J1への再挑戦の機会としてレンタル移籍。シーズン終了後、セレッソ、札幌とも再契約はせず、この年J2への昇格を決めた徳島ヴォルティスに移籍した。2005年2006年はベテランとしてJ2入りしたばかりのチームを支えたが2007年は出場機会が無く、同年12月2日、現役引退が発表された。

現在はコンサドーレ札幌時代のチームメイトの野々村芳和が代表取締役の株式会社クラッキにて元Jリーガーが教えるサッカースクール「エスコーラ・ジ・クラッキ」のコーチとしてサッカースクールでの指導をしている。札幌テレビのコンサドーレ担当のサッカー解説者としても活躍。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1994年 横浜M - J 1 0 0 0 0 0 1 0
1995年 横浜M - J 9 0 - 1 0 10 0
1996年 横浜M - J 3 0 5 0 0 0 8 0
1997年 鹿島 28 J 1 0 2 0 0 0 3 0
1998年 京都 19 J 14 0 3 0 0 0 17 0
1999年 京都 19 J1 3 0 0 0 0 0 3 0
2000年 札幌 6 J2 38 1 2 0 4 0 44 1
2001年 札幌 6 J1 29 0 2 0 1 0 32 0
2002年 札幌 6 J1 29 0 6 0 0 0 35 0
2003年 札幌 6 J2 14 0 - 2 0 16 0
2004年 札幌 6 J2 13 0 - - 13 0
C大阪 31 J1 5 0 0 0 0 0 5 0
2005年 徳島 20 J2 24 0 - 2 0 26 0
2006年 徳島 20 J2 18 0 - 2 0 20 0
2007年 徳島 20 J2 0 0 - 0 0 0 0
通算 日本 J1 94 0 18 0 2 0 114 0
日本 J2 107 1 2 0 10 0 119 1
総通算 201 1 20 0 12 0 233 1

その他の公式戦

[編集] 代表歴

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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