大東文化大学
| 大東文化大学 | |
|---|---|
|
板橋キャンパス エントランスプラザ
|
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| 大学設置 | 1949年 |
| 創立 | 1923年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人大東文化学園 |
| 本部所在地 | 東京都板橋区高島平1-9-1 |
| キャンパス | 板橋(東京都板橋区) 東松山(埼玉県東松山市) 信濃町(東京都新宿区) |
| 学部 | 文学部 外国語学部 経済学部 経営学部 法学部 国際関係学部 環境創造学部 スポーツ・健康科学部 |
| 研究科 | 文学研究科 経済学研究科 法学研究科 外国語学研究科 アジア地域研究科 経営学研究科 法務研究科(法科大学院) スポーツ・健康科学研究科 |
| ウェブサイト | 大東文化大学公式サイト |
大東文化大学(だいとうぶんかだいがく、英語: Daito Bunka University)は、東京都板橋区高島平1-9-1に本部を置く日本の私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は大東大。
目次 |
[編集] 概観
[編集] 大学全体
大東文化大学は旧制専門学校である大東文化学院(後に大東文化学院専門学校に改称)及び文政大学を前身とする文系学部を中心とする大学である。日本の政治・経済・社会・文化の近代化の過程で見られた西洋偏重の傾向を是正し、漢学を中心とする東洋文化の振興を図ろうとする機運から、大正10年(1921年)の帝国議会において「漢学振興ニ関スル建議案」が可決され、大東文化学院が設立認可された。このように特異な経緯で設立されたことから、特定の創設者は存在していない。
[編集] 建学の精神
漢学(特に儒教)を中心として東洋の文化を教授・研究することを通じて、その振興を図ると共に儒教に基づく道義の確立を期し、更に東洋の文化を基盤として西洋の文化を摂取吸収し、東西文化を融合して「新しい文化の創造」を目指す、と定められている。昭和60年(1985年)に制定された。
[編集] 教育および研究
8学部19学科、8研究科(大学院)からなる文系総合大学である。文学部日本文学科と中国文学科、経済学部経済学科は創立当時からの歴史と伝統を持つ[1]。
書道教育には力を入れており、多くの書家や研究者を輩出している。昭和44年(1969年)4月に大東文化書道文化センター(後の書道研究所)を開設し、日本で唯一の書道専門機関となっている[2]。
創立以来日本文学や漢文学をはじめとする東洋文化研究を柱に据えており、アジア・東洋重視の伝統は受け継がれている。平成18年(2006年)には、国際関係学部の「アジア理解教育の総合的取り組み」が文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に採択。
平成17年(2005年)より板橋キャンパス近くの高島平団地を活性化することを発端とした環境創造学部による地域貢献活動「高島平再生プロジェクト(後にみらいネット高島平)」を地域住民と行っている。平成19年(2007年)に文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」に採択。
自己点検・評価は平成6年(1994年)の「大東文化大学自己点検及び評価規程」制定以来取り組まれており、現在では学長を委員長とする「自己点検・評価基本事項検討委員会」と、その下に実務機関としての「全学委員会」を組織して行われている。
また、教育の質や授業内容を向上させることを目的とした授業評価アンケートや、ファカルティ・ディベロップメント(Faculty Development、通称FD)プログラムも実施している。
[編集] 沿革
[編集] 略歴
「漢字振興運動」による東洋文化の振興を図ろうとする機運から、大正10年(1921年)の第44回衆議院帝国議会において「漢学振興ニ関スル建議案」が可決。大正12年(1923年)2月11日に大東文化協会が創設され、同年9月20日、財団法人となった大東文化協会の規約第一条の二「本邦現時ノ情勢ニ鑑ミ儒教ノ振興ヲ図リ及ビ東洋文化ヲ中心トスル大東文化ヲ設立維持スルコト」とされた趣旨に基づき、大東文化学院が設立認可された[3]。校舎を現在の東京都千代田区九段に置いたのが始まりである。初代総長は平沼騏一郎、初代会頭は大木遠吉。
大東文化学院の教授陣には、第2代総長となる井上哲次郎が哲学を担当したことをはじめ、法学の鵜澤總明、山岡萬之助、漢学の松平康國、牧野謙次郎、内田周平のほか、哲学者北昤吉も論理・心理学を講じている。また、平沼淑郎(平沼騏一郎の実兄)も開設時から大東文化学院の経済学教授として教鞭をとった[4]。
昭和19年(1944年)に「大東文化学院専門学校」と改称。昭和24年(1949年)新制大学へ改組、東京文政大学として東京都豊島区池袋に発足した。
書道がいち早く重視され、昭和31年(1956年)には、教授・卒業生・在校生による「書道学会」の発足により、全国的な展覧会を実施。書道教育発展の基礎が創られた[5]。その後、書道分野教授陣の充実が図られ、山﨑節堂、熊谷恒子、松井如流、青山杉雨、宇野雪村、上條信山らが名を連ねた。
昭和28年(1953年)に「大東文化大学」と改称。昭和36年(1961年)、本部が池袋から現在の東京都板橋区高島平に移転。昭和42年(1967年)に埼玉県東松山市に新校舎が完成し、すべての教養課程が東松山キャンパスに移行。
昭和44年(1969年)に「大東文化書道文化センター」開設。昭和63年(1988年)には「書道研究所」へ改組された。現在、日本で唯一の書道専門機関となっている[6]。そして、平成13年(2001年)には日本初の書道学科が誕生した。
昭和61年(1986年)には東松山キャンパスに図書館、記念講堂を含む施設が建設された。平成15年(2003年)、創設80周年を記念して新たなシンボルマークが制定される平成15年(2003年)から平成18年(2006年)、に板橋キャンパスが再開発され、環境に考慮した校舎や「交流の杜」と「思索の杜」という広場が整備された。
[編集] 年表
学園年表
| 西暦 | 和暦 | 月 | 沿革 |
|---|---|---|---|
| 1921 | 大正10 | 第44国会にて「漢字振興ニ関スル建議案」が可決 | |
| 1923 | 大正12 | 9月 | 財団法人大東文化協会を設立、大東文化学院(本科・高等科、旧制専門学校)を東京・九段に設立 |
| 11月 | 校舎と事務所を麹町富士見町6丁目に置く(九段) | ||
| 1944 | 昭和19 | 3月 | 校名を大東文化学院専門学校と改称 |
| 1949 | 昭和24 | 4月 | 大東文化学院専門学校を廃止 |
| 5月 | 法人名を財団法人東方文化協会と変更 | ||
| 6月 | 新学制による大学(東京文政大学)文政学部(日本文学専攻・中国文学専攻・政治経済学専攻)開校 | ||
| 10月 | 東京文政学院(各種学校)設置認可 | ||
| 1951 | 昭和26 | 2月 | 法人名を学校法人文政大学、校名文政大学と改称 |
| 1953 | 昭和28 | 3月 | 校名を大東文化大学と改称 |
| 1956 | 昭和31 | 10月 | 文政幼稚園設置認可 |
| 1960 | 昭和35 | 6月 | 法人名を学校法人大東文化学園と改称 |
| 9月 | 大東柔道整復専門学校(現大東医学技術専門学校)設立認可 | ||
| 1961 | 昭和36 | 4月 | 大東柔道整復専門学校を大東医学技術整復専門学校に改称、衛生検査科を新設、東洋研究所設立 |
| 8月 | 東京文政学院廃止認可 | ||
| 1962 | 昭和37 | 4月 | 文政学部を文学部(日本文学科・中国文学科)と経済学部(経済学科)に改組、大東文化大学第一高等学校開校 |
| 1963 | 昭和38 | 4月 | 経済学部経営学科設置、文政幼稚園廃止認可 |
| 1964 | 昭和39 | 4月 | 大学院文学研究科日本文学専攻(修士課程)・中国学専攻(修士課程)設置 |
| 1967 | 昭和42 | 4月 | 文学部英米文学科、大学院文学研究科中国学専攻(博士課程)設置、 大東文化大学東松山キャンパス開設 |
| 6月 | 大東医学技術整復専門学校を大東医学技術専門学校と名称変更 | ||
| 1968 | 昭和43 | 4月 | 文学部外国語学科設置 |
| 1971 | 昭和46 | 12月 | 大東医学技術専門学校の衛生検査科を臨床検査科と名称変更 |
| 1972 | 昭和47 | 4月 | 大東文化大学附属青桐幼稚園開園、文学部教育学科、外国語学部中国語学科・英語学科、大学院経済学研究科経済学専攻(修士課程)、大学院文学研究科日本文学専攻(博士課程)設置 |
| 1973 | 昭和48 | 4月 | 法学部法律学科設置 |
| 1976 | 昭和51 | 12月 | 大東文化会館竣工 |
| 1977 | 昭和52 | 4月 | 大学院法学研究科法律学専攻(修士課程)設置 |
| 1978 | 昭和53 | 4月 | 大学院経済学研究科経済学専攻(博士課程後期)、大学院文学研究科英文学専攻(修士課程)、別科日本語研修課程、文学専攻科経済学専攻設置 |
| 1986 | 昭和61 | 4月 | 国際関係学部国際関係学科・国際文化学科設置 |
| 1990 | 平成2 | 4月 | 法学部政治学科設置 |
| 1991 | 平成3 | 4月 | 大学院法学研究科法律学専攻(博士課程後期)、文学専攻科教育学専攻設置 |
| 1993 | 平成5 | 4月 | 外国語学部日本語学科、大学院経済学研究科(経済学専攻)設置 |
| 1994 | 平成6 | 4月 | 大学院法学研究科政治学専攻(修士課程)設置 |
| 1995 | 平成7 | 4月 | 大学院経済学研究科経営学専攻(博士課程後期)設置 |
| 1996 | 平成8 | 4月 | 大学院法学研究科政治学専攻(博士課程後期)設置 |
| 1999 | 平成11 | 4月 | 大学院外国語学研究科中国語学専攻・英語学専攻・日本言語文化学専攻(修士課程)、大学院アジア地域研究科アジア地域研究専攻(修士課程)設置 |
| 2000 | 平成12 | 4月 | 文学部書道学科設置(日本初の書道の専門学科)、経済学部経営学科を学部に昇格させ、経営学部経営学科と企業システム学科設置 |
| 2001 | 平成13 | 4月 | 環境創造学部環境創造学科設置、経済学部を社会経済学科と現代経済学科の2学科を設置 |
| 2003 | 平成15 | 4月 | 大学院経営学研究科経営学専攻(博士課程前期・後期)、文学研究科書道学専攻(修士課程)設置 |
| 2004 | 平成16 | 4月 | 大学院法務研究科法務専攻(専門職学位課程)を東京・信濃町駅ビルに設置 |
| 2005 | 平成17 | 4月 | 文学部中国文学科を中国学科へと名称変更、スポーツ・健康科学部(スポーツ科学科・健康科学科)設置 |
| 2006 | 平成18 | 「アジア理解教育の総合的取り組み」が文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に選定 | |
| 2007 | 平成19 | 4月 | 外国語学研究科日本言語文化学専攻(博士課程後期)設置 |
| 2008 | 平成20 | 4月 | 大学院文学研究科教育学専攻(修士課程)設置 |
| 2009 | 平成21 | 4月 | 大学院スポーツ・健康科学研究科(修士課程)設置 |
| 2011 | 平成23 | 2月 | 外国語学研究科(中国言語文化学専攻)博士課程後期課程を開設(従来の中国語専攻修士課程は博士課程後期課程の開設に伴い、中国言語文化学専攻博士課程前期課程と改称)。 |
| 西暦 | 元号 | 月 | 沿革 |
|---|---|---|---|
| 1923 | 大正12 | 11月 | 校舎と事務所を麹町富士見町6丁目に置く(九段) |
| 1941 | 昭和16 | 2月 | 九段より豊島区池袋3丁目に移転 |
| 1945 | 昭和20 | 4月 | 戦災により池袋校舎を焼失 |
| 1946 | 昭和21 | 2月 | 葛飾区青砥に移転 |
| 1949 | 昭和24 | 10月 | 池袋校舎跡地に校舎完成復帰 |
| 1961 | 昭和36 | 8月 | 大学を池袋より板橋区志村西台町に移転(現在地) |
| 1967 | 昭和42 | 4月 | 大東文化大学東松山キャンパス開設 |
| 1970 | 昭和45 | 6月 | 第一高等学校新校舎竣工 |
| 1973 | 昭和48 | 10月 | 板橋校舎50周年記念館竣工(現交流の杜) |
| 1975 | 昭和50 | 5月 | 群馬県嬬恋セミナーハウス竣工 |
| 1976 | 昭和51 | 12月 | 大東文化会館竣工 |
| 1988 | 昭和63 | 3月 | 東松山校舎建設および開発造成工事竣工 |
| 1989 | 平成元 | 3月 | 板橋校舎1号館竣工 |
| 1994 | 平成6 | 6月 | 長野県菅平セミナーハウス竣工 |
| 1995 | 平成7 | 5月 | 第一高等学校新校舎竣工 |
| 1998 | 平成10 | 4月 | 図書館書庫棟竣工 |
| 1999 | 平成11 | 4月 | 東洋研究所徳丸研究棟竣工 |
| 2003 | 平成15 | 4月 | 板橋キャンパス整備計画第I期工事(中央棟図書館・3号館)竣工 |
| 12月 | 信濃町校舎(法務研究科)竣工 | ||
| 2005 | 平成17 | 8月 | 板橋キャンパス整備計画第II期工事(体育館・厚生棟)竣工 |
| 9月 | 東松山校舎新9号館竣工 | ||
| 2006 | 平成18 | 4月 | ビアトリクス・ポター資料館竣工 |
| 2007 | 平成19 | 5月 | 板橋キャンパス整備計画第III期工事(思索の杜・交流の杜)※全事業完了 |
| 2015 | 平成27 | 東松山キャンパス整備計画完成予定 |
[編集] 歴代総長・学長
大東文化学院総長
| 代 | 氏名 | 就任時期 |
|---|---|---|
| 初代 | 平沼騏一郎 | 1923年 - 1925年 |
| 第二代 | 井上哲次郎 | 1925年 - 1926年 |
| 第三代 | 大島健一 | 1926年 - 1927年 |
| 第四代 | 鵜沢総明 | 1927年 |
| 第五代 | 鵜沢総明 | 1928年 |
| 第六代 | 大津淳一郎 | 1928年 - 1932年 |
| 第七代 | 加藤政之助 | 1932年 - 1938年 |
| 第八代 | 松平頼寿 | 1938年 - 1940年 |
| 第九代 | 鵜沢総明 | 1940年 - 1943年 |
| 第十代 | 松平頼寿 | 1943年 |
| 第十一代 | 坂井忠正 | 1943年 - 1946年 |
| 第十二代 | 鵜沢総明 | 1946年 - 1948年 |
| 第十三代 | 藤塚鄰 | 1948年 |
| 第十四代 | 土屋久泰 | 1948年 |
東京文政大学・大東文化大学学長
| 代 | 氏名 | 就任時期 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 土屋久泰 | 1949年 - 1958年 | |
| 第二代 | 平島敏夫 | 1958年 - 1962年 | |
| 第三代 | 南条徳男 | 1962年 - 1969年 | |
| 第四代 | 佐伯梅友 | 1969年 - 1975年 | |
| 第五代 | 池田未利 | 1975年 - 1983年 | |
| 第六代 | 清原道壽 | 1983年 - 1984年 | |
| 第七代 | 香坂順一 | 1984年 - 1987年 | |
| 第八代 | 杉本良吉 | 1987年 - 1990年 | |
| 第九代 | 穂積重行 | 1990年 - 1993年 | |
| 第十代 | 佐藤定幸 | 1993年 - 1996年 | |
| 第十一代 | 諏訪義英 | 1996年 - 1999年 | |
| 第十二代 | 須藤敏昭 | 1999年 - 2005年 | |
| 第十三代 | 和田守 | 2005年 - 2008年 | |
| 第十四代 | 渡部茂 | 2008年 - 2010年8月 | 次代学長就任まで岡田良徳が職務代理 |
| 第十五代 | 太田政男 | 2010年10月 - |
[編集] 基礎データ
[編集] 所在地
- 板橋キャンパス(〒175-8571 東京都板橋区高島平1-9-1)
- 東松山キャンパス(〒355-8501 埼玉県東松山市岩殿560)
- 信濃町キャンパス※法科大学院(〒160-0016 東京都新宿区信濃町34 JR信濃町ビル3F)
- 緑山キャンパス(〒355-0054 埼玉県東松山市旗立台3)
- 大東文化会館(〒175-0083 東京都板橋区徳丸2-4-21)
- 菅平セミナーハウス(〒386-2204 長野県上田市菅平高原1278-1002)
[編集] 象徴
- 学園章
- 「東文」の文字を図案化した紋章
- 桐紋に「東文」の文字を図案化した紋章(日本政府が用いる紋章(五七桐花紋)に近い)。
- シンボルマーク
- 創立80周年を記念し、公募によって決定。「大東(DAITO)」のDと「文化(BUNKA)」のBを図案化したもの。商標登録第4642290号。
- イメージキャラクター
- パラブン(PaRaBun):大東文化学園のマスコットキャラクター。「大東(DAITO)」のDと「パラボナアンテナ」をモチーフにした顔、「文化(BUNKA)」のBと都市型大学をイメージした羽とボディが特徴。商標登録第4642291号。
- 和文ロゴタイプ
- 英文ロゴタイプ
| この項目では色を扱っています。 閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。 |
- スクールカラー
- スクールカラーはDAITOグリーンという名称で「■モスグリーン(系統色名:こい黄緑)」と「■エメラルドグリーン(系統色名:こい青みの緑)」を用いている。色見本では、■モスグリーンがDIC-247(CMYK:C65%+M34%+Y100%+K0%)、エメラルドグリーンが■DIC-389(CMYK:C98%+M62%+Y95%+K0%)である。
[編集] 校歌・学生歌
- 校歌
- 作詞:谷鼎(たにかなえ)、作曲:信時潔。現在の校歌は、旧校歌(学院歌)に代わり、昭和28年(1953年)に制定されたもの。ちなみに、谷が急逝した昭和35年(1960年)に作られた「通勤」と題する連作短歌の中に、大東文化大学を歌った一首がある[7]。
- 大東文化大学混声合唱団による校歌斉唱ページ
- 学生歌
- 作詞:児玉花外、作曲:梁田貞。大東文化学院(前身校)の学生歌。正確な作詞時期は不詳であるが、昭和5年(1930年)前後のことであったと思われる[8]。
- 歌詞に「靖国神社」「九段坂」があるのは、創設した場所が東京・九段であったため。
- 新学生歌
- 創設60周年を記念して、大学が新たな学生歌を公募した。
- 「おゝ青春よ」作詞:広井大三、作曲:広瀬鐵雄
- 「桐の窓辺に」作詞:尾島博、作曲:広瀬鐵雄
[編集] 大東まんじゅう
板橋で製造され「東」と「文」が刻印されている大東まんじゅうが生協(板橋・東松山)で販売中。シンボルマークが制定される前に用いられた字体を使用している。
[編集] 施設
[編集] 板橋キャンパス
- 所在地:〒175-8571 東京都板橋区高島平1-9-1
- 設置学部:文学部・外国語学部・経済学部・経営学部・法学部・環境創造学部3-4年(国際関係学部、スポーツ・健康科学部以外の3-4年)
- 設置研究科:文学研究科、経済学研究科、法学研究科、外国語学研究科、経営学研究科
- 交通アクセス:
[編集] 東松山キャンパス
- 所在地:〒355-8501 埼玉県東松山市岩殿560
- 設置学部:全ての学部1-2年、国際関係学部1-4年、スポーツ・健康科学部1-4年
- 設置研究科:アジア地域研究科、スポーツ・健康科学研究科
- 交通アクセス:
[編集] 主な施設
- キャンパスプラザ
- スクールバス乗降場すぐ、レンガ敷きの広場。野外ステージもあり、昼休みや各行事の時にはバンド演奏など各種イベントの場になる。
- 60周年記念図書館
- 地下2階、地上4階。蔵書総数は約50万冊(平成22年3月31日現在)、総閲覧席数は871席、総面積は8,916㎡。地下1階には130人を収容できるAVホールを完備。リスニングルームでは約1万4000種のソフトが自由に視聴できる。入館は学生証・職員証・図書館利用カードのいずれかが必要となる。
- オーバーブリッジ
- 中庭や道路、調整池をまたいで、2号館付近~60周年記念図書館・60周年記念講堂付近~第2研究棟を結ぶ。全長約300m。外と隔てる屋根は透明な素材によって覆われているため、ブリッジ内室温は直射日光や外気温に影響される。
- 調整池
- 通称「池」と呼ばれている。周囲は芝が敷かれた階段状でベンチも設置されている。
- 学生食堂
- 生協レストラン・ビュッフェ(第1厚生棟2階)、レストラン大東(第1厚生棟1階)、第一食堂(部室棟隣)の3つの食堂がある。昼時には席数が不足し、キャンパスプラザなどの屋外で食べる学生も多い。
- 総合グラウンド
- 東松山キャンパス40周年記念事業として平成20年(2008年)に完成。緑の人工芝や全天候型舗装トラックなど、最新設備が整っている。
- 専用グラウンド
- 野球、ラグビーの専用グラウンドとテニスコートがある。3グラウンドは道路に沿って所在する。平成19年(2007年)に野球専用グラウンドに人工芝が敷き詰められた。
[編集] 信濃町キャンパス(法科大学院)
[編集] 緑山キャンパス
※旧東松山市立緑山小学校
- 所在地:〒355-0054 埼玉県東松山市旗立台3
- 利用場所:グラウンド、体育館、各教室、駐車場
- 交通アクセス:
- 東武東上線 高坂駅
- 川越観光バス:高02系統:高坂駅西口-東京電機大学本館前線
- 桜山台経由「桜山台」バス停下車徒歩5分、「旗立台」バス停下車2分
- 白山台郵便局・松風台経由「旗立台」バス停下車2分
[編集] 学外施設
[編集] 大東文化会館
地上4階、地下1階建て。平成18年(2006年)4月にリニューアル。1階にホール、3・4階に研修施設がある。
- 交通アクセス:東武東上線 東武練馬駅から徒歩3分
[編集] 菅平セミナーハウス
敷地は約2,800坪で、ゼミ室やテニスコート、ラグビーコートなど多目的グラウンドがある。ゼミ合宿やクラブ活動で利用されている。
- 収容人数:40名
[編集] 教育および研究
- この項では、大学法人が直接関わるもののみを記す。
[編集] 学部
8学部19学科
- 文学部
- 外国語学部
- 中国語学科
- 英語学科
- 日本語学科
- 経済学部
- 社会経済学科
- 現代経済学科
- 経営学部
- 経営学科
- 企業システム学科
- 法学部
- 法律学科
- 政治学科
- 国際関係学部
- 国際関係学科
- 国際文化学科
- 環境創造学部
- 環境創造学科
- スポーツ・健康科学部
- スポーツ科学科
- 健康科学科(医療系)
[編集] 文学部
一学年 定員550名
昭和37年(1962年)に文政学部を改組して誕生した学部。
[編集] 外国語学部
一学年 定員390名(外国人留学生20名含む)
昭和47年(1972年)設置。
[編集] 経済学部
一学年 定員360名
昭和37年(1962年)に文政学部を改組して誕生した学部。
[編集] 経営学部
一学年 定員350名
平成12年(2000年)に経済学部経営学科が昇格して誕生した学部。
[編集] 法学部
一学年 定員375名
昭和48年(1973年)設置。
[編集] 国際関係学部
一学年 定員200名
昭和61年(1986年)設置。
[編集] 環境創造学部
一学年 定員165名
平成13年(2001年)設置。社会科学的な立場から「環境問題」を分析し、それを解決するための実践的で創造的な手法を身につける。地球環境問題だけでなく、人間を取り巻く環境すべてを対象とする。内外での研修授業や高島平団地や中板橋商店街など、地域を元気にするための現場活動もしている。コース制を実施しており、都市環境・福祉環境・環境マネジメントの3コースが存在。
[編集] スポーツ・健康科学部
一学年 定員200名
平成17年(2005年)設置。現在大東文化大学内で最も新しい学部である。
[編集] 大学院
●:博士課程前期・後期
○:修士課程
◎:専門職学位課程
- 文学研究科
- 文学研究科は昭和39年(1964年)に大東文化大学で初めて設立された研究科である。
- 日本文学専攻●
- 中国学専攻●
- 英文学専攻○
- 教育学専攻○
- 書道学専攻●
- 経済学研究科
- 経済学専攻●
- 法学研究科
- 法律学専攻●
- 政治学専攻●
- 外国語学研究科
- 中国語学専攻○
- 英語学専攻●
- 日本言語文化学専攻●
- アジア地域研究科(東松山キャンパス)
- アジア地域研究専攻●
- 経営学研究科
- 経営学専攻●
- 法務研究科(法科大学院)
- 法務専攻◎
- スポーツ・健康科学研究科(東松山キャンパス)
- スポーツ・健康科学専攻○
[編集] 専攻科
- 文学専攻科
- 日本文学専攻※平成24年度より募集停止
- 中国文学専攻※平成24年度より募集停止
- 教育学専攻
- 経済学専攻科
- 経済学専攻※平成24年度より募集停止
[編集] 関係機関
[編集] ビアトリクス・ポター資料館
東松山キャンパスに隣接するこども動物自然公園内で運営している。大東文化大学図書館・英米文学科が所蔵するコレクションの中から、特に貴重な書籍、原画、直筆手紙などを一般公開している。詳しくは「大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館」を参照。
[編集] 北京事務所
平成19年(2007年)4月に開設した海外事務所。中国国内の協定大学との学術交流の促進を行う。日本人スタッフが駐在し、学生間の交流と情報交換の場にもなっている。
[編集] 研究所
それぞれの分野における学術研究や調査、高度な職業人育成のための講座などを展開している。
- 書道研究所
- 東洋研究所
- 人文科学研究所
- 文学部に付置する研究所である。
- 語学教育研究所
- 外国語学部に付置する研究所である。
- 経済研究所
- 経済学部に付置する研究所である。
- 経営研究所
- 経営学部に付置する研究所である。
- 法学研究所
- 法学部法律学科に付置する研究所である。
- 国際比較政治研究所
- 法学部政治学科に付置する研究所である。
- 現代アジア研究所
- 国際関係学部の付置研究所として平成3年(1991年)に設立された。アジアの政治、経済、社会、歴史、文化、芸術などの観点からアジア諸地域の研究を行っている。
[編集] 書道研究所
昭和44年(1969年)設立の「大東文化書道文化センター」が前身。昭和63年(1988年)設立。日本で唯一書道の研究と芸術活動を行う研究機関で、書道・美術関連の貴重な資料や図書を収蔵している。書道テキストシリーズや昭和44年(1969年)創刊である月刊誌「大東書道」を刊行、平成23年(2011年)現在、大学で刊行される唯一の競書雑誌であり、500号刊行を記念する展覧会を開催した。「高校生のための書道講座」も開催している。
- 当研究所主催の全国書道展は、毎年11月に開催。平成23年(2011年)に第53回展を迎えた。
[編集] 東洋研究所
大正12年(1923年)設立。大東文化大学の前身である大東文化協会の研究機関から度々の改組を経て、昭和36年(1961年)に大学附属の研究機関として発足。
研究論文機関誌「東洋研究」を年4回発行している。
当研究所は徳丸研究棟にある。
- 沿革
- 大正12年(1923年)2月 大東文化協会の研究組織として、東洋研究部と比較研究部が設置される。
- 昭和28年(1953年)9月20日 大学附属「大東文化研究所」に継承。
- 昭和36年(1961年)4月 東洋研究所発足。法人附属機関から大学附置研究所へ移行。
- 昭和36年(1961年)7月10日 研究論文機関誌「東洋研究」創刊。
歴代所長
| 氏名 | 就任時期 |
|---|---|
| 平島敏夫 | 1961年4月 - 1962年11月 |
| 南条徳男 | 1962年12月 - 1964年3月 |
| 金子昇 | 1964年4月 - 1965年3月 |
| 髙橋梵仙 | 1965年4月 - 1968年3月 |
| 市野沢寅雄 | 1968年4月 - 1970年3月 |
| 野口正之 | 1970年4月 - 1972年3月 |
| 土井章 | 1972年4月 - 1978年3月 |
| 中嶋敏 | 1978年4月 - 1983年3月 |
| 岡倉古志郎 | 1983年4月 - 1985年3月 |
| 古島和雄 | 1985年4月 - 1993年3月 |
| 遠藤光正 | 1993年4月 - 1997年3月 |
| 松本照敬 | 1997年4月 - 2003年3月 |
| 福田俊昭 | 2003年4月 -2009年3月 |
| 山田準 | 2009年4月 - |
[編集] センター
- キャリアセンター
- 国際交流センター
- 体育センター
- 地域連携センター
[編集] 学生生活
[編集] 自治会・部活動・サークル活動
[編集] 自治会
- 全學應援團リーダー部
- 全學應援團チアリーダー部
- 全學應援團吹奏楽部
- 大東祭実行委員会
- 大東文化大学放送協会
[編集] 体育連合会(体連)
体育連合会に所属する部活動は平成22年(2010年)4月現在、23部存在している。後述の「スポーツ」の項目でも触れるが、数多くの部が大会などで実績を上げている。
[編集] 文化団体連合会(文連)
文化団体連合会に所属する部活動は平成23年(2011年)1月現在、22部存在している。
[編集] サークル
サークル活動においては、平成22年(2010年)4月現在42存在している。
[編集] 学園祭
学園祭は、「大東祭」とよばれ、毎年11月の上旬に3日間開催される。元々は板橋校舎で開催されていたが、板橋校舎の再開発によって平成14年(2002年)度より東松山校舎で行われていた。 平成20年(2008年)度より再び板橋校舎で開催されるようになった。 プロのミュージシャン1組のライブと、お笑い芸人のライブを観覧できる企画が人気。
[編集] 各種コンテスト
本校が主催で各種コンテストを開催している。
- 大東生論文コンテスト
学生に論文作成の機会を与え、分析能力を養成する目的で行う。年1回開催。大東文化大学学長賞など各賞があり、副賞としてノートパソコンが贈呈される。平成23年(2011年)に第21回開催を迎えた。
- 英語スピーチコンテスト
出場資格は大学生・留学生・高校生・一般があり、本選出場にはそれぞれ定数が設けられている。英語圏話者は参加できない。スピーチは5分を上限とし、毎年メインテーマが決められる。平成23年(2011年)に第12回開催を迎えた。
- アジア言語スピーチコンテスト(Asian Languages Speech Contest-ALSC-)
国際関係学部主催。10言語(中国語、コリア語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ペルシア語、アラビア語に、留学生用の日本語)の部門があり、民族衣装を身にまとって習得言語を発表する。企画や準備、運営は学部生によって行われる。平成23年(2011年)で14回目。
- 起業アイデアコンテスト
このコンテストは地域デザインフォーラム(別述)の一環で平成14年(2002年)から始まった。学外ベンチャー企業が最終審査を行い、厳正に審査されたのち、創業の実現性が高いグループには板橋区から区立企業活性化センター内のオフィスを無償貸与される。各賞には学長賞、板橋区長賞、ニュー・アイデア賞、コミュニティ・ビジネス賞、カレッジ・ビジネス賞がある。
- 全国高校新聞コンクール
朝日新聞社後援。全国の高等学校で発行した新聞で競う。平成23年(2011年)に第40回開催を迎えた。
- 全国高校生作文コンテスト
文部科学省後援。高校生の創意性を養い、国語能力の涵養に寄与することを目的とする。平成23年(2011年)に第48回開催を迎えた。
- 法学部懸賞論文
- 経済学部懸賞論文
学部生を対象とした懸賞論文である。
- 学生懸賞論文
経営学部生を対象とした懸賞論文である。論文テーマにはキーワードが多数決められ、その中から選択して応募する。副賞として賞金10万円が贈呈される。平成23年(2011年)に第11回開催を迎えた。
- 高校生翻訳コンテスト
文学部英米文学科が主催。応募資格は高校生のみ。課題文を翻訳して郵送かEメールで応募する。
[編集] スポーツ
- 箱根駅伝では、昭和43年(1968年)の第44回大会から連続出場しており、第51回(1975年)、52回(1976年)、66回(1990年)、67回(1991年)大会では総合優勝をしている。また5区6区という山岳区間に強く、山の大東の異名を持っている。しかし、87回(2011年)大会では予選落ちとなり、初出場以来の連続出場は43年で途切れてしまった。
- ラグビー部は、関東大学リーグ戦優勝7回、大学選手権優勝3回という記録がある。
- バスケットボール部の愛称は「ベアーズ」。平成19年(2007年)の関東インカレで初優勝。全日本インカレでも平成15年(2003年)に準優勝を果たしている。大学本体もプロチームであるレラカムイ北海道及び富山グラウジーズとパートナーシップ契約を締結しており、両チームにOBも在籍している。
- ウォーキング大会
大学や地域の歴史・文化を学び、健康増進を図ることを目的としたもので、例年10月中旬に開催される。参加者には参加賞としてTシャツや帽子が、完歩者にはタオルがプレゼントされる。
[編集] 大学関係者と組織
[編集] 大学関係者組織
[編集] 青桐会
[編集] 大学関係者一覧
[編集] 対外関係
[編集] 地方自治体との協定
[編集] 東京都板橋区との連携事業
- 公開講座(生涯学習課)
- 大東文化大学と板橋区教育委員会が共催して、区内在住・在勤・在学者を対象に大学公開講座を実施。
- なかいた環創堂
- ペットボトルキャップのリサイクル事業
- J:COM主催による中板橋での清掃活動「Clean Up Our Town」への参加及び小学生教室の企画・実行。
- 中板橋商店街主催の企画の実行及び参加。
- 地域デザインフォーラム(人事課)
- 平成12年(2000年)5月18日、板橋区と大東文化大学のあいだで「地域デザインフォーラム」協定が締結され、法学部・経済学部・経営学部・環境創造学部のスタッフと区職員などで地域社会が抱える政策課題を共同研究している。地域連携研究の成果は毎年発行の報告書・ブックレットで公表されている。
- 板橋・環境創造講座(人事課)
- 平成13年(2001年)開設。一般区民向けのまちづくりに関する公開講座。講師として区職員を派遣。
- 現代政治論特殊講義ii(人事課)
- 平成14年(2002年)から実施。大学院法学研究科の正規科目。「分権時代の地方行政を板橋区の政策形成の取組みから学ぶ」をテーマに講師として区幹部職員を派遣。最終講義に区長特別講義がある。
- 商学公連携モデル事業(産業振興課)
- 大学の持つ専門性を生かし、学生の新たな視点で、商店街活性化事業を商店街と連携して企画・運営している。区は大学と委託契約を行い、補助金を交付する。
- コミュニティビジネス・コンテスト(産業活性化推進室)
- コミュニティビジネス・コンテストと大学主催の「起業アイデア・コンテスト」の同時開催。
- 企業活性化センターオフィス利用(産業活性化推進室)
- 大東文化大学の起業家育成事業を支援するため、オフィスの無料貸し出しをする。
- 学習指導員(教育委員会事務局指導室)
- 教育委員会・学校長の指揮監督の下に少人数グループによる授業援助、特別に支援を必要な生徒に対する個別支援などを行う。
- インターンシップ
- みらいネット高島平
[編集] 埼玉県各自治体との連携事業
- 東松山市との地域連携事業
- きらめき市民大学、大学院への講師派遣など。
- 平成18年(2006年)6月締結。
- 農業体験や、小中学校での学習指導、町内代替バス路線の提案、観光振興の計画などを行っている。
- 比企郡鳩山町
- 大豆のアジア学
[編集] 国内大学との協定
他大学間協定
[編集] 国際交流大学等
平成22年(2010年)4月現在、全部で21ヶ国71大学と国際交流協定を結んでいる。詳しくは協定校を参照のこと。
主な協定校
[編集] 付設校
大東文化学園は、大学を頂点とする附属校ではなく、あくまで同一学校法人が運営する独立した学校の集合体という形態を取っている。
- 高等学校
- 専門学校
- 大東医学技術専門学校
- 柔道整復科・大東接骨院(附属臨床実習施設)
- 大東医学技術専門学校
- 幼稚園
- 大東文化大学附属青桐幼稚園
[編集] 脚注
[編集] 公式サイト
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