大方県

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中華人民共和国 貴州省 大方県
ツツジの群生地・「百里杜鵑」
ツツジの群生地・「百里杜鵑」
簡体字 大方
繁体字 大方
拼音 Dàfāng
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
貴州
地級市 畢節市
行政級別
面積
総面積 3,502 km²
人口
総人口(2002) 95 万人
経済
電話番号 0857
郵便番号 551600
行政区画代碼 522422
公式ウェブサイト http://www.gzdafang.gov.cn/

大方県(たいほうけん)は中華人民共和国貴州省畢節市の管轄下にある。県人民政府は大方鎮にある。烏江の上流域、標高1,800mの高地に位置する[1]

漢族のほかにイ族ミャオ族などの少数民族が居住する[2]

行政区画[編集]

  • 街道:紅旗街道、順徳街道、慕俄格古城街道
  • :双山鎮、猫場鎮、馬場鎮、羊場鎮、黄泥塘鎮、六竜鎮、達渓鎮、瓢井鎮、長石鎮、対江鎮
  • :東関郷、文閣郷、緑塘郷、小屯郷、果瓦郷、雨沖郷
  • 民族郷:竹園イ族ミャオ族郷、響水ペー族イ族コーラオ族郷、鼎新イ族ミャオ族郷、牛場ミャオ族イ族郷、理化ミャオ族イ族郷、鳳山イ族モンゴル族郷、安楽イ族コーラオ族郷、核桃イ族ペー族郷、八堡イ族ミャオ族郷、興隆ミャオ族郷、大山ミャオ族イ族郷、黄泥イ族ミャオ族満族郷、大水イ族ミャオ族プイ族郷、沙廠イ族郷、普底イ族ミャオ族ペー族郷、百納イ族郷、三元イ族ミャオ族ペー族郷、星宿ミャオ族イ族コーラオ族郷

歴史[編集]

代、大方は牂柯郡中国語版の名前で呼ばれていた[3]。元来はミャオ族の居住地だったが、代になって中原の政府の統治下に置かれ、大万谷落総管府が設置された[1]

元朝は、この地に順元宣慰司を設置。代の大方には大方賊が跋扈しており、王三善が指揮する討伐隊が派遣された。1636年に大方は明に帰順し[4]、この地に城が築かれてミャオ族統治の拠点とされる[1]

の支配下に入った後、大方城は大定府に改称された。中華民国成立後は県が置かれ、1914年に貴州省貴西道に区画されるが道は廃止された。1958年に県名は大定から大方に戻される。

産業[編集]

古来から大方は漆器の産地として知られている[1]

交通[編集]

畢節市貴陽市に通じる自動車道が敷設されている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 海野「大定」『アジア歴史事典』6巻、50頁
  2. ^ 張『最新中国地名事典』、301頁
  3. ^ 『精選中国地名辞典』、514頁
  4. ^ 『精選中国地名辞典』、519頁

参考文献[編集]

  • 海野一隆「大定」『アジア歴史事典』6巻収録(平凡社, 1960年)
  • 張治国監修『最新中国地名事典』(日外アソシエーツ, 1994年5月)
  • 『精選中国地名辞典』(塩英哲編訳, 凌雲出版, 1983年3月)

外部リンク[編集]