大垣駅
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| 大垣駅 | |
|---|---|
JR大垣駅 駅ビル"APIO(アピオ)"
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| おおがき - Ōgaki | |
| 所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細) 樽見鉄道(駅詳細) 養老鉄道(駅詳細) |
大垣駅(おおがきえき)は、岐阜県大垣市高屋町一丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・樽見鉄道・養老鉄道の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
以下、東海道本線美濃赤坂支線については、案内上の名称である「美濃赤坂線」と記述する。
[編集] 駅構造
[編集] JR・樽見鉄道
| JR・樽見鉄道 大垣駅 | |
|---|---|
JR大垣駅(北口)
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| おおがき - Ōgaki | |
| 所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目145 |
| 所属事業者 | ■東海旅客鉄道(JR東海) ■樽見鉄道 |
| 電報略号 | カキ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 計5面7線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
(JR東海) 16,305人/日(降車客を含まず) (樽見) 745人/日(降車客含まず) -2006年- |
| 開業年月日 | 1884年(明治17年)5月25日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■東海道本線 |
| キロ程 | 410.0km(東京起点) |
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◄穂積 (7.7km)
(8.1km) 垂井►
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| 所属路線 | ■東海道本線(美濃赤坂支線) |
| キロ程 | 0.0km(大垣起点) |
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(3.4km) 荒尾►
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| 所属路線 | ■樽見線 |
| キロ程 | 0.0km(大垣起点) |
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(2.7km) 東大垣►
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| 備考 | 共同使用駅 みどりの窓口 有 |
地上駅。単式ホーム1面1線(1番線)と島式ホーム2面4線(2・4・5・7番線)、および4番線ホームの西側にある切欠きホーム1面1線(3番線)、5番線ホームの東側に作られた切欠きホーム1面1線(6番線)、合計5面7線のホームを持つ。
2・4番線が東海道線の本線、7番線が樽見線の本線となっている。この他のホームがある4線は副本線で、7番線の北側にもホームのない副本線が1本、その北側に側線3線が引かれている。また構内東側には保線基地も置かれている。
JR東海と樽見鉄道は共同の橋上駅舎を使用する。駅ビルは6階建(床面積約13,000m²)で商業施設「アピオ」が入っており、2階部分に改札口が設けられている。東海道本線利用時にTOICAおよび提携ICカードが利用できる。
[編集] のりば
| 1 | ■東海道本線 | (下り) | 関ヶ原・米原方面(待避・始発列車) |
|---|---|---|---|
| (上り) | 岐阜・名古屋・豊橋方面(当駅始発のみ) | ||
| ■美濃赤坂線 | 美濃赤坂方面(一部のみ) | ||
| 2 | ■東海道本線 | (下り) | 関ヶ原・米原方面 |
| (□特急「しらさぎ」)福井・金沢・富山方面 | |||
| (□特急「ひだ」)京都・大阪方面 | |||
| ■美濃赤坂線 | 美濃赤坂方面(一部のみ) | ||
| 3 | ■美濃赤坂線 | 美濃赤坂方面 | |
| 4 | ■東海道本線 | (上り) | 岐阜・名古屋・豊橋方面(特急「しらさぎ」含む) |
| (□特急「ひだ」)岐阜・美濃太田・高山方面 | |||
| 5 | ■東海道本線 | (上り) | 岐阜・名古屋・豊橋方面(待避・始発列車) |
| 6 | ■樽見鉄道樽見線 | (南北自由通路建設工事のため利用休止中) | |
| 7 | ■樽見鉄道樽見線 | 本巣・樽見方面 | |
- 原則として、当駅を跨ぐ東海道線の下り列車は2番線、上り列車は4番線を使用する。
- 7番線は西側部分のホームを樽見鉄道車両の出入口高さに合わせて高さを切り下げ、簡単な柵で仕切られている。樽見鉄道の切符売り場として使用される事務所(営業時間8:00 - 16:00)も設置された。ただしこの事務所ではTOICAの処理はできないので、当駅までTOICAで乗車し樽見鉄道に乗り換える場合は一旦改札口を出て樽見鉄道の乗車券を自動券売機(JR東海の券売機と共用)で購入するか、乗車駅からの運賃を現金で支払い証明書を受け取り次回のTOICA使用時に入場状態を解除してもらう必要がある。
[編集] その他
1969年10月のダイヤ改正以来、東京からの夜行普通列車(1996年より快速「ムーンライトながら」)の終着駅である。青春18きっぷ利用可能期間の早朝には、「ムーンライトながら」から米原方面へ乗り継ぐ旅行者で混雑し、改札前や階段には「構内10km/h以下」と構内の乗客に向けて注意を喚起する看板が掲げられている。
当駅ではホーム係員が発車ベル扱いを行うが、JR東海の中京圏の駅で見られる車掌操作用の発車ベルスイッチと従来の駅員操作用ベルが共存する駅である。
東海道本線は美濃赤坂駅への支線である通称「美濃赤坂線」および下り本線と下り垂井駅経由の別線である「垂井線」との分岐駅であるが、実際の分岐は大垣 - 垂井間の南荒尾信号場である。また、垂井方にJR東海の車両基地(大垣車両区、かつての大垣電車区・大垣機関区)がある。岐阜駅高架化前は新快速等を含む大半のローカル列車が当駅を起終点としていた。2008年現在でも多くの列車が起終点とする名古屋都市圏の西端に位置するターミナル駅である。また1日3往復のみであるが、大阪・京都方面からの西日本旅客鉄道(JR西日本)の列車も当駅を起終点とする[1]。
2008年現在、当駅を跨いで運行される普通・快速・新快速・特別快速の運転士および車掌は、ごく一部の例外を除き当駅で交代する。
[編集] 養老鉄道
| 養老鉄道 大垣駅 | |
|---|---|
養老鉄道大垣駅
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| おおがき - Ōgaki | |
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◄西大垣 (1.8km)
(1.1km) 室►
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| 所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目130-2 |
| 所属事業者 | 養老鉄道 |
| 所属路線 | 養老線 |
| キロ程 | 43.0km(桑名起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
8,911人/日 -2005年- |
| 開業年月日 | 1913年(大正2年)7月31日 |
| 備考 | 自動改札機未設置 |
養老鉄道は独立した地上駅舎を持つが、ホームは中間改札を挟んでつながっている。1面2線の頭端式ホームを有する地上駅で、桑名方面から揖斐方面へはスイッチバックとなる。だが実際は直通運転する営業列車はなく、それぞれの方面へは乗り換えが必要である[2]。
JRの1番線西側に乗換改札口があり、JRの自動改札機が設置されている。ただし券売機はないので定期券等に限られる。
[編集] のりば
| 1 | ■養老線(上り) | 養老・桑名方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■養老線(下り) | 揖斐方面 |
[編集] 利用状況
- 主として通学・通勤・行楽用に利用される。
- 大垣駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 2005年11月8日の調査結果によると、1日の利用客は 人。この数字は養老線の駅(27駅、桑名駅含む)の中では、 位(岐阜県内に限定すると、 駅中 位)。
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
| 年 度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 |
特 記 事 項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合 計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1956年(昭和31年) | ←←←← | 401,399 | |||||
| 1957年(昭和32年) | ←←←← | 415,706 | |||||
| 1958年(昭和33年) | ←←←← | 413,524 | |||||
| 1959年(昭和34年) | ←←←← | 373,211 | |||||
| 1960年(昭和35年) | ←←←← | 452,205 | |||||
| 1961年(昭和36年) | ←←←← | 499,633 | |||||
| 1962年(昭和37年) | ←←←← | 514,044 | |||||
| 1963年(昭和38年) | ←←←← | 503,606 | |||||
| 1964年(昭和39年) | ←←←← | 510,246 | |||||
| 1965年(昭和40年) | ←←←← | 474,307 | |||||
| 1966年(昭和41年) | ←←←← | 444,428 | |||||
| 1967年(昭和42年) | ←←←← | 462,911 | |||||
| 1968年(昭和43年) | ←←←← | 412,368 | |||||
| 1969年(昭和44年) | ←←←← | 418,225 | |||||
| 1970年(昭和45年) | ←←←← | 401,000 | |||||
| 1971年(昭和46年) | ←←←← | 376,000 | |||||
| 1972年(昭和47年) | ←←←← | 354,000 | |||||
| 1973年(昭和48年) | ←←←← | ||||||
| 1974年(昭和49年) | ←←←← | ||||||
| 1975年(昭和50年) | ←←←← | ||||||
| 1976年(昭和51年) | ←←←← | ||||||
| 1977年(昭和52年) | ←←←← | ||||||
| 1978年(昭和53年) | ←←←← | ||||||
| 1979年(昭和54年) | ←←←← | ||||||
| 1980年(昭和55年) | ←←←← | ||||||
| 1981年(昭和56年) | ←←←← | ||||||
| 1982年(昭和57年) | ←←←← | 11月16日 | 11,564 | ||||
| 1983年(昭和58年) | ←←←← | 11月8日 | 11,289 | ||||
| 1984年(昭和59年) | ←←←← | 11月6日 | 11,139 | ||||
| 1985年(昭和60年) | ←←←← | 11月12日 | 10,982 | ||||
| 1986年(昭和61年) | ←←←← | 11月11日 | 10,914 | ||||
| 1987年(昭和62年) | ←←←← | 11月10日 | 11,211 | ||||
| 1988年(昭和63年) | ←←←← | 11月8日 | 12,941 | ||||
| 1989年(平成元年) | ←←←← | 11月14日 | 11,366 | ||||
| 1990年(平成2年) | ←←←← | 11月6日 | 12,618 | ||||
| 1991年(平成3年) | ←←←← | ||||||
| 1992年(平成4年) | ←←←← | 11月10日 | 11,774 | ||||
| 1993年(平成5年) | ←←←← | ||||||
| 1994年(平成6年) | ←←←← | ||||||
| 1995年(平成7年) | ←←←← | 12月5日 | 11,711 | ||||
| 1996年(平成8年) | ←←←← | ||||||
| 1997年(平成9年) | ←←←← | ||||||
| 1998年(平成10年) | ←←←← | ||||||
| 1999年(平成11年) | ←←←← | ||||||
| 2000年(平成12年) | ←←←← | ||||||
| 2001年(平成13年) | ←←←← | ||||||
| 2002年(平成14年) | ←←←← | ||||||
| 2003年(平成15年) | ←←←← | ||||||
| 2004年(平成16年) | ←←←← | ||||||
| 2005年(平成17年) | ←←←← | 11月8日 | 8,911 | ||||
| 2006年(平成18年) | ←←←← | ||||||
| 2007年(平成19年) | ←←←← | ||||||
| 2008年(平成20年) | ←←←← | 11月18日 | 8,790 | ||||
| 2009年(平成21年) | ←←←← | ||||||
[編集] 駅周辺
北緯35度22分00.00秒東経136度37分02.00秒(世界測地系)、北緯35度21分48秒東経136度37分13秒(日本測地系)に位置する。
- 大垣城
- 大垣城郷土博物館
- 大垣城ホール
- 常葉神社
- 大垣市役所
- 大垣市守屋多々志美術館
- 大垣法務合同庁舎
- 岐阜地方裁判所大垣支部
- 岐阜家庭裁判所大垣支部
- 大垣簡易裁判所
- 大垣税務署
- 大垣郵便局
- 大垣駅前郵便局
- 大垣藤江郵便局
- 大垣室町郵便局
- 大垣林町郵便局
- ソフトピアジャパン - バス連絡。
- 大垣車両区 - JR東海の車両基地。
- ヤナゲン大垣本店 - 百貨店。
- アピタ大垣店
- 三菱東京UFJ銀行大垣支店 - 旧UFJ銀行の店舗。
- 大垣共立銀行大垣駅前支店 - 本店は駅の南1kmにある[3]。
- 十六銀行大垣支店
- JAにしみの中部支店
- APAホテル大垣駅前
- 新光証券大垣支店
- 大垣競輪場 - 無料送迎バス連絡。
- 大垣日本大学高等学校
- 大垣市立北中学校
- 大垣市立北小学校
- 大垣市北公園野球場
[編集] 駅周辺の整備計画状況
人口およそ40万人(後に30万人)の大型中核都市となるはずだった合併構想が破綻したために、駅の高架化計画が不透明になっている。
当駅北口周辺では、オーミケンシの工場跡地に岐阜県内のサティでは初のシネマコンプレックス型[4]となる大垣サティを建設する予定があったものの、南口の商店街や当時駅近くにあった東宝映画館[5]、グランドタマコシ[6]などの反対運動が起こり、運営会社のマイカルそのものも経営不振に陥ったことで中止となった。これにより、サティと共同で計画していた北口ロータリーの整備計画も棚上げとなり、その後もこの問題が長引いたために、整備は行われるものの北口ロータリーの整備面積を縮小する予定となった。2008年1月頃に南北自由通路の付け替え[7]に関する看板が立てられ、看板には北口完成イメージイラストが描かれているとともに、2008年度に着工した工事の状況を携帯サイトからもわかるようにとQRコードも掲載されている。
オーミケンシの工場跡地利用はユニー(アピタ)が進出することになり、建設は2006年9月に大垣市からの許可が下り、2007年1月に着工、アクアウォーク大垣として同年10月23日にプレオープン、同年10月27日にグランドオープンした。徳洲会病院の建設は2006年7月に着工、2008年4月1日に大垣徳洲会病院として開院した[8]。
[編集] バス路線
「大垣駅前バスのりば」を参照
以前はロックシティ大垣ショッピングセンターまで無料送迎バスが運行されていたが、その後日中名阪近鉄バスが乗り入れるようになったため設定はなくなっている[9]。
[編集] 利用状況
- JR東海
- 2006年度の一日の平均乗車人員は16,305人、2007年度は16,572人である。
[編集] 歴史
- 1884年(明治17年)5月25日 - 官設鉄道(のちの国鉄・JR)大垣 - 関ヶ原間延伸時に官設鉄道大垣駅が開業。一般駅。
- 1887年(明治20年)1月21日 - 官設鉄道が当駅から加納駅(現・岐阜駅)まで延伸。途中駅となる。
- 1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
- 1913年(大正2年)7月31日 - 養老鉄道(初代・後の近鉄養老線)養老 - 池野間の開通時に同線の大垣駅が開業。
- 1922年(大正11年)6月13日 - 会社合併により、養老鉄道(初代)の駅は揖斐川電気(現・イビデン)が継承。
- 1928年(昭和3年)4月6日 - 揖斐川電気の鉄道事業分社化により、同社の駅は養老電気鉄道が継承。
- 1929年(昭和4年)10月1日 - 会社合併により、養老電気鉄道の駅は伊勢電気鉄道が継承。
- 1936年(昭和11年)5月20日 - 伊勢電気鉄道が養老線を分社し、同社の駅を養老電鉄が継承。
- 1940年(昭和15年)8月1日 - 会社合併により、養老電鉄の駅は参宮急行電鉄が継承。
- 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道と参宮急行電鉄が合併し関西急行鉄道発足。参急の駅も関西急行鉄道の駅となる。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組され、関急の駅も近畿日本鉄道の駅となる。
- 1956年(昭和31年)3月20日 - 国鉄樽見線が大垣 - 谷汲口間で開業。
- 1984年(昭和59年)1月10日 - 貨物の取扱を廃止。
- 1985年(昭和60年)12月7日 - 橋上駅化。
- 1986年(昭和61年)3月19日 - 駅ビル「アピオ」開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東海旅客鉄道(JR東海)が継承。
- 2006年(平成18年)11月25日 - JR東海にTOICA導入。
- 2007年(平成19年)10月1日 - 近鉄が養老線を分社し、同社の駅を養老鉄道(2代目)が継承。
[編集] 隣の駅
- 東海旅客鉄道
- 東海道本線
- 東海道本線(美濃赤坂支線、全列車が各駅に停車)
-
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- 大垣駅 - (南荒尾信号場) - 荒尾駅
-
-
- 樽見鉄道
- 樽見線
- 大垣駅 - 東大垣駅
[編集] 脚注
- ^ 旧国鉄時代は現行ダイヤより多く設定されていた。
- ^ 2007年1月現在、桑名 - 揖斐間を直通する列車は、回送列車・近畿日本鉄道塩浜検修車庫で全般検査を受ける車両・電気検測車モワ24系「はかるくん」のみである。
- ^ 同行のATMは駅構内に2箇所、ヤナゲン店舗外に1箇所、北口の林町出張所とアクアウォーク内(アクアウォーク大垣出張所)にも設置されている。
- ^ 2005年に開業したロックシティ大垣ショッピングセンター内のコロナワールドに存在する。
- ^ その後閉館した。
- ^ その後倒産し、受け皿会社が平和堂東海となった。
- ^ 現行の自由通路は幅が狭い上に階段が多く、バリアフリー対応が困難な状況である。
- ^ 元ゴルフ練習場の場所である。
- ^ 詳細は名阪近鉄バス、ロックシティ大垣を参照。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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