大井貞隆

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大井貞隆
時代 戦国時代
生誕 生年不詳
死没 没年不詳
別名 刑部大輔
氏族 大井氏
父母 父:大井忠孝
兄弟 忠重忠次貞隆平賀玄信貞清

大井 貞隆(おおい さだたか)は、信濃源氏小笠原氏の庶流大井氏の庶流・岩村田大井氏の出自で、信濃国長窪城主。

[編集] 概要

岩村田大井氏の一族長窪氏を継いで長窪城主となる。明応2年(1493年)兄の忠重の養子となり、本家の岩村田大井氏を継承した。

武田氏諏訪氏と敵対し、天文9年(1540年諏訪頼重に長窪城を奪われる。

天文11年(1542年)、頼重が武田信玄に殺されると、それに乗じて長窪城を奪回した。翌年、信玄が長窪城を攻撃するとそれに抗戦する。しかし家臣の相木昌朝芦田信守の内応にあい長窪城は開城、自身も捕えられる。

その後、甲府に連行され、そこで没したという。岩村田大井氏の名跡は弟・貞清が継いだ。