大いなる神秘
大いなる神秘(Great Mystery)は、アメリカ・インディアンの創造主、宇宙の真理。
概要 [編集]
アメリカインディアンは、この世の事どもすべては「大いなる神秘」が創造したものであり、この世の中心に創造主である「大いなる神秘」が存在していると考える。
この「大いなる神秘」は、しばしば英語で「グレート・スピリット」(大精霊)といった表現がされるが、実際には「大いなる神秘」の概念は「宇宙の根本原理」に近く、キリスト教のような人格化された存在ではない。スー族の呪い師レイムディアーは、ワカンタンカ(「大いなる神秘」)について、「髭を生やした老人であるとか、そういう人の姿をしたような存在では決してない」と述べている。
「宇宙の真理」である「大いなる神秘」には始まりも終わりもなく、この「大いなる神秘」のもとで「二つ足も四つ足も、石も草も木も」すべてが平等である。インディアンの世界では、人間以外のものを呼ぶ際も、「熊のひとたち」、「石のひとたち」、「鳥のひとたち」といったふうに呼ばれ、人間も人間以外のものもはっきりと区別されない。どの部族でも、様々な精霊が信仰されているが、これらもすべて「大いなる神秘」のもとにある存在なのである。またインディアンの社会には「上司」や「部下」、「上意下達」といった、主従・上下関係というものが無い。すべての事どもは「大いなる神秘」のもとに平等であり、尊重されるべき存在だからである。
したがって、キリスト教の神も、「大いなる神秘」のもとではインディアンと対等な存在となる。19世紀のインディアンが残した言葉に、次のようなものがある。「白人は教会でイエスについて話すが、我々インディアンはティーピーでイエスと話をするのだ」。 一神教であるキリスト教も、「宇宙の真理」のひとつと考えるため、インディアンにとっては矛盾なく古来の信仰と両立するのである。
インディアンはこの「大いなる神秘」の意のままに生かされている、と考える。よって、「大いなる神秘」のもとに「すべてが繋がっており、すべては共有される」と考えるインディアンにとってその意に逆らう「我欲」や「欲望」、「独占」は軽蔑される。 インディアンの社会では現在でも身内が亡くなれば家財一切を、思わぬ収入があればこれを「ギブアウェイ」として放出する。 「富を貯め込むこと」は、インディアンの社会では恥ずべきこととされる。
「大いなる神秘」は、常にインディアンたちと「繋がっている」ものであるから、インディアンたちは部族の平和と発展を祈って、ことあるごとに、常に祈りを捧げる。レイムディアーはこう述べている。「白人のキリスト教は日曜日に教会へ行って祈ればおしまいだ。我々インディアンの宗教はフルタイムで祈りを捧げるものなのだ」
聖なるパイプ [編集]
インディアンはあらゆる儀式に「聖なるパイプ」を使ってタバコをくゆらすが、この「聖なるパイプ」は「大いなる神秘」と対話するために、無くてはならないものである。タバコは「大いなる神秘」への神聖な捧げものであり、聖なるパイプから立ち上る煙は、天上の「大いなる神秘」と「繋がる」ための通信手段となる。よって「聖なるパイプ」を回し飲みする場合、それは創造主のもとに絶対的な誓いを交わすということである。
すべてを「大いなる神秘」のもとにあると考えるインディアンの社会は、この「聖なるパイプ」による儀式を中心とした合議制で運営される。誰か個人が「指導者」なり「司令官」となって、部族民を「統率する」といったシステムをとらない。すべては「大いなる神秘」の意のもとにあるからである。
参考文献 [編集]
- 『Lame Deer Seeker of Visions. Simon and Schuster」(Lame Deer, John (Fire) and Richard Erdoes. New York, New York, 1972)
- 『Crow Dog: Four Generations of Sioux Medicine Men』(Crow Dog, Leonard and Richard Erdoes,New York: HarperCollins. 1995)
- 『イーグルに訊け』、衛藤信之、飛鳥新社、2003年