多門二郎

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多門二郎(1933年3月)
多門二郎

多門 二郎(たもん じろう、1878年9月10日 - 1934年2月15日)は、日本陸軍軍人陸軍中将従三位勲一等功二級

経歴[編集]

静岡県出身。医師・多門信夫の二男として生まれる。高等小学校陸軍幼年学校を経て、1899年11月、陸軍士官学校(11期)を卒業し、翌年6月、歩兵少尉に任官し歩兵第4連隊付となる。仙台陸軍地方幼年学校生徒監などを経て、歩兵第4連隊小隊長として日露戦争に出征した。歩兵第4連隊副官、歩兵第3旅団副官などを歴任し、1909年12月、陸軍大学校(21期)を卒業した。

陸士教官、第6師団参謀歩兵第62連隊大隊長、陸大教官、欧州出張、歩兵第27連隊付(尼港派遣隊長)などを歴任。尼港事件の際、多門支隊長として救援に向かった。サガレン州派遣軍参謀、歩兵第2連隊長、第4師団参謀長を経て、1924年2月、陸軍少将となる。

歩兵第6旅団長、陸大付、参謀本部第4部長、陸大幹事などを歴任し、1929年8月、陸軍中将となり陸大校長に就任。以後、第2師団長に親補され満州に駐屯、満州事変が勃発し諸作戦に従軍した。1933年1月、内地に帰還し、仙台市民から熱狂的な歓迎を受ける。そのため市内の大通りの一つ(南町通り)は、「多門通り」と改名された。同年8月、待命となり予備役に編入された。

親族[編集]

著書[編集]

  • 『余ガ参加シタル日露戦役』兵事雑誌社、1910年。
  • 『日露戦争日記』新装版、芙蓉書房出版、2004年。
  • 『弾雨を潜りて』織田書店、1927年。

文献[編集]

  • 『多門将軍』仙台市教育会、1933年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。