外債

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外債(がいさい)とは、日本において、債券(または債券に表示されるべき権利)のうち、狭義には、外国又は外国法人の発行するものをいい(振替法127条)、広義には、外国通貨建てで発行されたもの(外貨建債券)や外国の市場において発行されたものをも含む。さらに、日本以外の国を基準として同様のものを指すこともある。外国債または外国債券ともいう。

狭義の外債は通常は債券引受先の通貨単位で額面を表示する外貨債(がいかさい)という形式を取るが、まれに債券発行元の所属する国家の通貨単位によって額面を表示する。内貨債(ないかさい)という形式も存在する。

日本における外債[編集]

日本はその歴史上において、幕末後進国として国際経済に参加し、一度は富国強兵政策によって先進国(人口の2人に1人が農民という農業国家であったが)の地位を築きながら、第二次世界大戦での敗北によって経済基盤を喪失して再度後進国から高度経済成長を経て先進国として復活した経緯がある。このため、長い間外債を他国に向けて発行して資金調達を行う事が多かった。だが、先進国としての日本の地位が固まると逆に他国より日本に向けた外債発行も行われるようになった。

円貨建外債[編集]

円貨建外債(えんかだてがいさい)とは、日本以外の国家及び日本に本拠地を持たない機関・法人などが、日本市場において日本円による額面表記をもって発行する債券の事である。円建て外債(えんだてがいさい)あるいはサムライ債とも呼ばれる。

発行者は外国政府、政府機関、自治体、企業、国際機関など。発行から償還まで、全てが日本円で行われる。

1970年アジア開発銀行債が第1号の円貨建外債である。

日本による外債発行の歴史[編集]

日本政府が発行した最古の外債は1870年4月23日明治3年3月23日)にロンドンで出された新橋駅横浜駅間の鉄道建設費用を捻出する為の9分付英貨国債100万ポンド(当時の相場で488万円相当)(→日本の鉄道開業)と1873年に出された秩禄処分のため費用を捻出するための7分付英貨国債240万ポンド(当時の相場で1,171万円相当)である。これは発行額面100ポンドにつき92.5ポンドで売出されるという未開国の発行基準扱いによるものであった。[1]更に大隈財政下で紙幣整理のために5,000万円規模の大規模な外債導入が検討されたが、保守派は「大量の外債発行は日本の植民地化を招く」としてこれを非難し、さらに明治天皇直々の発言(「節倹の聖旨」)を持ち出してこれを阻止した。以後、政府も外債発行に慎重となり、また当時の日本が銀本位制を採用していて当時の国際的な基軸通貨であったイギリスポンド金本位制と合致しないこともあり、しばらくは行われなくなった。

日本の外債発行が再開されるのは、1897年に金本位制に復帰した後である。1899年に4分利付英貨公債1,000万ポンドを発行して成功を収めた。特に日露戦争においては総額にして約8億円相当の戦費をイギリスアメリカ両国より外債の形で調達し、さらに戦後の財政難に対応するために1908年から3年間に更に7億円の外債を発行した。この時期には東京市京都市大阪市横浜市などの主要な都市や南満洲鉄道などの企業も海外において公債を発行して資金調達を行った。当時日本は多額の貿易赤字で正貨流出に悩まされていたが、正貨の不足による金本位制の崩壊阻止に結果的には役立つことになった。この時期出された外債の総額は約16億円に達し、内国債の総額を上回った。ところが、第一次世界大戦が発生すると大戦景気によって日本経済は回復して外債発行の必要性が薄まる一方で、1916年にはイギリス・フランスロシアが初めて日本に向けて外債を発行した。そうした影響で大戦末期には日本は債務国から一転して債権国へとなった。

だが、大戦後の不況で再び国際収支が悪化、加えて関東大震災による経済混乱の中で復興資金のために1924年2月13日にはロンドンで2,500万ポンド(6分利付)、ニューヨークで1億5,000万ドル(6分半利付)の「震災善後外債」が募集された。この外債は初めてアメリカドルによる外債を中心に募集され、大戦後の英米間の経済の逆転を裏付けるものとなっている。震災復興のための資金が切迫していた日本政府は日本が未開国扱いされていた明治初期水準の高い利息を付けて外貨を調達せざるを得ず、日本国内では「国辱公債」とも揶揄された(なお、この時期には東京・横浜両市も復興の為の外債発行を行っている)。また、この時期に社債募集に悩んでいた電力会社がニューヨーク市場の好調ぶりに目をつけて相次いで現地で外債を発行した。

だが、世界恐慌とそれに続く金輸出再禁止を機に日本の外債募集は行われなくなり、さらに第二次世界大戦において敵対したアメリカ・イギリス(後にフランス)に対する外債の元利支払を停止した。1943年3月15日には外貨債処理法が制定され、日本国内に還流されていた外債は国内債に変換され、海外保有外債は日本政府の厳重な統制下に入り、物上担保権が剥奪された。

戦後、ポツダム勅令によって外貨債処理法は廃止されたが、アメリカ・イギリス・フランスの3国との債券償還問題が残された。サンフランシスコ講和条約締結後の1952年9月26日にアメリカ・イギリスと、次いで1956年7月27日にフランスとの間で債券償還の処理方法を定めた協定が結ばれた。これを受けて1959年2月17日に戦後初の外債である米貨国債3,000万ドルが発行された。以後、外債発行が行われるようになるが、資本の自由化に伴って様々な手段による外資の導入及び対外投資が行われるようになり、その重要性は低下している。

各国の外債[編集]

企業や銀行、政府やその他政府関係の機関の中には、自国内通貨よりもより安定していて見通しの良い外国通貨で債券を発行することがある。外貨建てで起債することはまた、発行者にとっては海外市場で投資資金を調達しやすくもなる。これら債券の発行による収益は、企業にとって海外の市場に参入したり、外国為替スワップヘッジを使った既存の操作を用い発行企業の現地通貨に両替することができる。外債はサムライ債などのようにあだ名で呼ばれるものがある[2]。これらは外国の発行体が自国内市場から離れ投資家層の多様化を期待して発行される。通常これらの起債は発行された市場での法律が適用される。例えば、欧州に拠点を置く投資家によって起債されたサムライ債は、日本の法律が適用される[3]。こうした債券の全てが、発行市場にいる投資家による購入を制限するとは限らない。

(下記各債券はいずれも各国非居住者発行体により起債するものである)

  • アリラン債 (Arirang bond)[7]: 韓国市場において起債される韓国ウォン建債券
  • キムチ債 (Kimchi bond)[8]: 韓国市場において起債される非韓国ウォン建債券
  • フォルモサ債 (Formosa bond)[16]:台湾市場において起債される人民元建債券

脚注[編集]

  1. ^ 更に毎年米40万石分の買入担保の提供、さらに2ヶ年据置後23年かけて返済(1897年に償還完了)、発行を引き受けたオリエンタル・バンクへの手数料88万円を支払規定などあった。
  2. ^ a b c 円建外債・東京外貨建外債 日本国財務省
  3. ^ 集団行動条項を巡る国内法制上の論点に関する研究会 2章 p4 脚注1 (財)国際金融情報センター
  4. ^ Some General Observations on the Kangaroo Bond Market オーストラリア準備銀行
  5. ^ 2006年东盟加中日韩财长会联合声明(英文) 中華人民共和国財政部
  6. ^ Enhancing Japan's Status as an International Financial Center: Chairman's Summarization of "Study Group on the Internationalization of Japan's Financial and Capital Markets" (Summary) 日本国財務省
  7. ^ Oil Prices & Foreign Exchange are No Worries, Deputy Minister Said (Jun 15, 2006) 大韓民国企画財政部
  8. ^ Supplement to MOFE Press Release "2nd Meeting of the Financial Hub Initiative Committee" 大韓民国企画財政部
  9. ^ VATFIN9100: Glossary of terms: A to B 英国歳入関税庁
  10. ^ [1] p485 米国財務省
  11. ^ [2] p8 米国証券取引委員会
  12. ^ The USSR and the Changing Scene in Europe p13 米国中央情報局
  13. ^ Report on the Evaluation of the Receiver General Cash Management Programカナダ財務省
  14. ^ The Development of the Kauri bond marketニュージーランド準備銀行
  15. ^ Ministro de Hacienda, Felipe Larraín, destaca medida que amplía autorización a emisores extranjeros para emitir “Huaso Bonds” en Chile Ministro de Hacienda(チリ共和国財務省)
  16. ^ [3]中華民國證券櫃檯買賣中心

関連項目[編集]